例題「呪いの絵より呪わしく」
「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」
古よりこのように言われる通り、正体不明でおぞましきものも、ふたを開ければなんとやら。ということは大変よくあることだ。ここにこれより書き連ねられる物語も、その一部。
どれもこれもがとてもおぞましい化け物で、そのようなものどもに何もかもが支配された恐怖の世界を描いたもののように見えるが、その実そうではない。そのどれもが、われわれの日常生活においてごくごく当たり前の、わざわざ論ずるようなものではない一風景に過ぎないのである。ただし、切り取り方には多分に悪意あるものとさせていただく。作者自身がこのように世の中を見ているということは断じてない、ということは明確に断っておく必要があるだろう。
前置きはこのくらいにして、ここに、その具体例として、初めの一問を記す。諸君に期待するのはただ一つ、「各話にて語られる怪異の正体は何者なのか」を見事的中させることである。例題の模範解答は第一問目のあとがきにて記す。つまりはそれを見るまでが回答の制限時間ということになる。
「呪いの絵より呪わしく」
僕は今、不出来なホラー漫画を読んでいる。美術館の夜警を行う主人公が、画面の奥に自我を宿すとされる絵と対峙するシーンだ。絵画に描かれた女は、あまたのどくろを足元に妖艶な姿でたたずむ。
画題となる女は、逸話によればおぞましい魔女である。曰く、一国の軍すべてを気まぐれで豚にしてしまう。曰く、あまたの人間をその衣の中に溶かし生命をたぎらせ永遠の命を保つ。そのような魔女が、絵の向こうの男を見て、幾度か口を開き、舌なめずりと悪意の笑みを浮かべる。
生命の危機を感じた男は、決死の覚悟で逃げる。前も後ろも構わず、ちぎれんばかりに腕を振りにげる。
動く絵というものが、そんなに怖いのか。我々はどこの家にも生きた絵を出すキャンバスをぶら下げて、毎日のように動く絵を見ているのに。
動き方も漫画の絵の比ではない、激しい音に心をかき乱すような曲、絵の人物が口を動かせば合わせて言葉も出てくるし、そんな彼らが放つ光線や火球は、万が一にも画面の外に出てくれば容赦なく家ごと消し炭。そんなことをする絵の人物の曰くも、先の漫画の魔女のそれよりはるかにおぞましいものも少なくない。そんなおぞましい者共が毎日のように動き回る絵を眺めていながら、人々はみな恐怖しない。むしろ前向きに応援する。ましてやアイドルのように称え、その絵を描いて愛でたり、挙句本気で恋をするようなものさえ現れる。
何の呪いがあればこのような狂気じみたことを幾万、いや、億にも届かんばかりの人間に行わせることができるのか。僕は皆が呪われ踊らされる絵の呪いを前に、ただ無力だった。「こんな危険なものがあってたまるか」という声は、むしろ物の道理のわからぬ愚者の感情論にすぎぬと切り捨てられる。
このような怪異を当たり前のものとして人々が受け入れる、疑問を持つことを許さない。己の無力さと諸人の頑迷さに、僕は声にならぬ声を上げることしか、できなかったのである。
(完)
いかがだろうか。この男をさいなむ呪いの素性。それは先にも記したように、世にありふれたものである。正解は厳格である必要はない。「同一の性質をもつもの」や別名であっても正解とさせていただく。といっても、正解者に対して金券やごちそうのような報酬は用意できないが。
このように、この物語では一話完結の短い物語を連ねていく。次の物語についても、公開され次第ご覧いただけると嬉しい。