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DOLL~愛してる

作者: ロゼ

「あぁ、ユリアナ…目が覚めたんだね」


目を開くと目の前に見知らぬ男性の顔があった。


愛おしそうに微笑みながらも瞳からは大粒の涙がポロポロと溢れている。


「あなたは、誰?」


「僕の事を忘れてしまったのかい?」


男性は涙を拭おうともせずに私を見つめながらそう言うと私の髪を優しく撫でた。


「僕は君の婚約者のオルコット・バンズリーだよ」


「オルコット・バンズリー…」


「そう。そして君はユリアナ・トルワー」


「ユリアナ・トルワー…」


「君は馬車の事故に遭ってずっと眠っていたんだよ」


「そう、なの?…分からない…何も覚えていないの…」


「2年も眠っていたんだ。そのうち思い出せるよ、きっと」


そう言うとオルコットは涙でグショグショの顔で微笑んだ。


2年間も眠っていた私の体は筋力が落ちて普通に歩く事すら困難な状態で、ベッドから1人で起き上がれる様になるのに一月、少し歩ける様になるのに一月、人並みに散歩が出来るようになるまで半年の歳月が掛かった。


その間ずっとオルコットが献身的に支えてくれて、私は彼を愛する様になっていた。


記憶は相変わらず戻る気配すらない。


「焦る必要はないよ、ユリアナ。記憶が無いのならまた作ればいい。新しい思い出で塗り替えてしまえばいいんだから」


記憶が戻らず焦る私にオルコットはいつも優しい言葉をかけてくれる。


オルコットの為にも記憶を取り戻したいのだが、何も書かれていない真っ白な本の様に何一つ思い出せない。


体が回復するまでの間にオルコットから事故の話を聞いた。


私と私の両親が乗っていた馬車が暴走し崖から落ちたのだそうだ。


両親はほぼ即死。


御者も馬も即死だったが私は奇跡的に生きていたそうだ。


発見されるまでに4日程掛かってしまい、あと少しでも遅ければ取り返しのつかない事になっていたのだとオルコットは言った。


「私の両親は亡くなってしまったのですね…」


両親と聞いても顔すら思い出せず、名を聞いても全く何も感じなかったが、亡くなったと聞いて多少なりともショックを受けた。


それから私達の事も聞いた。


私達は同じ歳でオルコットは男爵家の次男、私は子爵家の長女で、オルコットが婿入りして子爵家を継ぐことが決まっていたそうだ。


しかし私の両親が亡くなってしまい、私もずっと眠り続けていた為現在はオルコットが当主代理として子爵家を取り仕切っている。


幼なじみ同士で昔から仲の良かった私達は自然に互いを求める様になり、結婚の約束をしたのだそうだ。


結婚まであと3ヶ月と言う所で私は事故に遭い、眠りに囚われてしまった。


現在私もオルコットも20歳。


随分と待たせてしまったものだ。


オルコットは「2人の思い出を再び作ろう」と言い、記憶を失う前に2人で言った場所によく連れ出してくれた。


町のカフェや公園、私が好きだったらしい向日葵の咲く丘、日が沈む景色の美しい高台、婚約式を行った教会、初めてキスを交わした薔薇園。


どこを見て回っても記憶は戻らなかったが「上書きをしよう」とオルコットが優しく微笑むので私の胸は満たされていた。


「君がとっても好きだよ、ユリアナ」


オルコットの口から愛の言葉が囁かれる度に私の胸は高鳴り、頬は熱くなった。


「私も好きです、オルコット」


そう一度口にすればその気持ちは押し寄せる波のように激しくなり、愛おしさで溢れ返った。


きっと記憶を無くす前の私もこんな風に彼への愛を深めて行ったのだろうと思えた。


そう思える事が嬉しかった。


彼を愛している。


何もかもを忘れてしまったけれど、また彼を愛した。


それだけで私は満たされている。


□■□■□


【オルコット視点】


「オルコット!大変だ!」


ユリアナとの結婚を3ヶ月後に控えたその日、数日前から雨が鬱陶しい程に降りしきり、空は未来を嘆く様にどんよりとしていた。


突然飛び込んできた親友のニスチェが伝えて来たのは耳を疑いたくなる様な言葉だった。


「トルワー子爵家が乗った馬車が暴走して崖から落ちた」


すぐ様救助隊が組まれたのだが落ちた場所が悪すぎた。


断崖絶壁の崖の真下で、そこに行くには川から回ってくる他道は無く、肝心の川も数日前から降り続けている雨の為に船を出す事も出来ない程に荒れており為す術もない状態だった。


漸く救助に向かえたのは転落から4日後で、生存は絶望的だった。


しかしユリアナは辛うじて生きていた。


でもそれは生きているとは到底言えない程の状態で、子爵家の屋敷に連れ帰り医師に診せたのだが診せた医師全員が「手の施しようがない」と首を横に振るだけだった。


まだ息をしているのに、体はまだ温かいのに、心臓は微かに動いているのに…


受け入れられない現実が僕の前に漆黒の闇の様に広がり、気が付くと1冊の本を手にぼんやりと立っていた。


手にしていたのは随分と昔に偶然に手に入れた禁書。


古代魔術の本で、今では禁術とされ、使用すれば処刑されてもおかしくない程の重罪になる物が記されている本だった。


一心不乱に本を読み耽った。


そうこうしている間にユリアナの鼓動は静かに音を止めた。


そしてついに見つけたのだ。


ユリアナが戻る方法を。


ユリアナがユリアナでは無くなる可能性もあったが、僕はそれに縋った。


ユリアナがどんなに変わろうとも僕はユリアナ以外愛せない。


だから迷いはなかった。


この時代にはもう魔力なんてものはほぼ無くなっていたが、僕にはまだ少しの魔力があった。


その魔力を毎日枯渇するまでユリアナに注ぎ込んだ。


魔力が枯渇すると3時間程息をするのも苦しい状態になったがユリアナの為ならば辛くはなかった。


そうやってユリアナに僕の魔力を注ぎ込む事1年半。


やっとユリアナの体が僕の魔力で完全に満たされて準備は整った。


完全なユリアナの器としてユリアナの体は生まれ変わった。


本人の体を使用するのだから当然と言えば当然なのだが、魔力が満たされる前に体が器としての機能を保てずに壊れてしまう事も考えられたのだ。


僕の魔力で満たされたユリアナは薄ぼんやりと光を放っていた。


これで『反魂術』が使える。


反魂術とは死んでしまった者の魂を呼び寄せ新しい器に戻す術。


反魂の副作用で生前の記憶が全て失われてしまうがそんな事は大した問題ではなかった。


ユリアナが再びあの美しい瞳を開き、愛らしい唇から鈴のような声で僕の名を呼んでくれたらそれだけで構わなかった。


僕はもうとっくに狂っているのだろう。


ユリアナは僕の全てで、ユリアナがいない人生など考えられないのだから。


どんな形でもユリアナがいてくれるのならば僕はそれだけで幸せで、それだけで満たされるのだから。


反魂術は成功したもののそれから半年の間ユリアナは目覚めなかった。


毎日彼女の手を握り、微かに動く胸の隆起に安堵し、手の温もりに早く目覚めて欲しいと渇望する日々。


漸く目覚めたユリアナを見た時、僕は歓喜のあまりボロボロと泣いてしまった。


案の定彼女には生前の記憶は一切無く、記憶喪失と言う事にしてユリアナに寄り添った。


彼女が歩ける様になると彼女との思い出の場所を巡りまた初めから思い出を作り直した。


ユリアナが僕に愛の言葉を囁いた時はそのまま抱き締めて閉じ込めておきたいとすら思うほどに嬉しかった。


□■□■□


「オルコット…愛しているわ」


「僕も…愛しているよ、ユリアナ」


オルコットの皺だらけの手を取りその手に唇を落とした。


嬉しそうに細められた瞳はもうユリアナを写してはいない。


「あなたは最後まで酷い人ね…私を残して逝ってしまうなんて…」


「すまない、ユリアナ…」


「いいのよ、あなたのお陰で私、ずっと幸せだったんだから」


「許して、くれるのかい?」


「もうずっと前から許しているわ」


ユリアナはその白い手でオルコットの頬を優しく撫でると昔と変わらぬ美しい笑顔で微笑んだ。


「狂おしい程に君を愛している」


「ええ、知ってるわ」


「僕のユリアナ…本当に愛しているよ…」


「あなたの愛で私は生きていられたのよ、オルコット」


もうベッドから起き上がる力も残されていないオルコットをユリアナが慈愛に満ちた目で見つめている。


ユリアナが目覚めてから60年の月日が流れていた。


反魂術が成功したユリアナはあの日のまんま美しい顔で生き続けている。


「君を残して逝く事が心残りだ…」


白濁してもうユリアナの顔すら見る事の出来なくなったオルコットの瞳から涙が一筋流れて行った。


「あなたの愛が私の中にある限り、私達はいつも一緒よ」


オルコットは知らなかった。


ユリアナの右足はもうとっくの昔に崩れ落ち、今や左足すらも崩れかけ、いつ全身が砕けてしまってもおかしくない状態になっている事を。


数日後、オルコットが静かに息を引き取るとユリアナの体もポロポロと崩れ始めた。


「いつまでも一緒よ、オルコット」


オルコットの亡骸を抱き締めると元はユリアナだったそれは砂の様に崩れ落ちた。



あまり手厳しい感想を頂くと凹みますのでお手柔らかにお願いします。

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