肆之拾弐 スマホ中毒
結論から言うと、不安は杞憂に終わった。
というのも、狐の視界を共有し続けて大丈夫だろうかと考えているうちに、私の人間姿の分身が出現しきってしまったのである。
分身の出現が終われば、狐の目を借りる必要は無いので、私は同調を切って目を開けた。
直後、バッチリ目が合った雪子学校長が、私に向かって右手を差し出してくる。
「ん?」
意図が掴めず首を傾げる私に、雪子学校長は少し不機嫌な表情になって「スマホだよ、スマホ」と新たにスマホを出現させることを要求してきた。
まるでスマホ中毒者の禁断症状のようで、少しおかしい。
「卯木くん、実験が進まないから早くしたまえ」
上下に手の平を振りながら催促してくる雪子学校長の態度に、私は笑い出してしまわないようにさっさと目を閉じて意識を集中させることにした。
二度目だからかはわからないけど、目を閉じてすぐに必要な分の力が集まった感覚があったので、その力を雪子学校長の手の平に飛ぶようにイメージをする。
すると、私の体から離れた力の塊が雪子学校長の手の内へと移動する気配がして、ピタリとその動きを止めた。
恐らく雪子学校長の手の上に移動が終わったのだと判断した私はスマホに変わるように念じる。
すると、その直後一気に力が拡散する気配を感じて、私は慌てて目を開いた。
視線を向けたのは当然雪子学校長の手の中で、霧散してしまった力の塊がどうなったのかを確認したかったのだが、私の焦りとは裏腹に、無事出現したスマホを操作し始めている。
どうやら、力の塊から、物質に変化したので、私の体感としては霧散してしまったように感じられたようだ。
そんな風に自分の感じた感覚を整理していると、雪子学校長がこちらに視線を向けて「あったぞ、卯木くん」と明るい声で声を掛けてくる。
「何があったんですか?」
雪子学校長は「これを見てくれ」とスマホの画面をこちらに向けた。
既に『異界netTV』が起動していて、先ほどと同様の名簿が掲載されている。
花子さん達は相変わらずグレーで、私たちは黒で名前が並び、最後に『狐』が追加されていた。
「これ、分身とか、私の名前じゃ無くて、銀狐って表記されるんですね……」
私の呟きに対して、雪子学校長は一瞬目を大きくしてから、真剣な表情で思案を巡らし始める。
「あ、うむ。そう言われれば、名簿の名前はどういう基準で付けられるのかは気になるところではあるな」
確かに、スマホが消えてしまってリセットされたからかも知れないけど、名簿に載っている『卯木凛花(分身)』は恐らくベッドに新たに出現した方の分身で、狐に変化した方が『狐』に改まっているようだ。
わかりやすいとは思うけど、どこで名前が変わるのかは気になるところではある。
分身を二体にしたら、どうなるかとか、非常に気になってきたのだが、そんな思考時間は雪子学校長の唐突な発言で終わった。
「ま、今はそんなことより、狐の視界が見られるかどうかだな」
雪子学校長はそう口にすると、すぐにスマホを操作し始める。
そして、次なる指示が間を置くこと無く飛んできた。
「卯木くん、狐を動かしてくれたまえ」
「は、はい」
雪子学校長の言葉に慌てて頷いた私は、肩にの乗る狐が飛び出すイメージを思い浮かべる。
直後、イメージ通りに宙に飛火出した狐が、クルクルと数回縦回転してから、タシッと綺麗な着地を決めた。
これが狐の目線から見たらどうなるんだろうと興味を抱いてしまった私は、雪子学校長の後ろに回ってから、更なるアクロバットな動きをさせてみる。
床、壁、天井と、ジャンプによって立体的な軌道を取らせた狐の視界は、まさしくジェットコースターのように、瞬間瞬間でめまぐるしく映るモノが変わっていた。
この狐の視界を見てるだけでワクワクが強まっていく。
スマホの映像に意識を向ける余り、私はジャンプ途中で空中にいるのにジャンプしろというあり得ない指示を出してしまった。
が、慌てて視線を向けた狐は、脚の下には何も無いもか変わらず、まるで足場があるかのように平然とジャンプしてみせる。
「空中二段ジャンプって……ゲームじゃないんだから……」
パシッと着地を決めた狐の姿に思わず溜め息が出てしまった。
けど、雪子学校長は「いや、斥候として考えれば、足場が無くてもジャンプが出来るなど、活かせる場面が多そうでは無いか」と評価する。
「なんなら、翼でも生やせば空も飛べるのでは無いか?」
そう言われて私は「狐に翼ですか?」と苦笑してしまったが、耳に聞こえたバサッと言う不穏な音に慌てて振り返ることになった。
頭に浮かんだ予感通り、背中に鳥のような翼を生やし、平然と空に浮いている狐の姿が私の視界に収まる。
「できたじゃないか」
嬉しそうに言う雪子学校長に、私は「でき、ましたけど……」と苦笑を浮かべるしか無かった。
イメージ通りに動かせるところまでは、純粋に楽しいと感じられたのだが、空中ジャンプや翼など、常識を越えた変化や動きが出来るとなると、途端に制御しきれる自信が持てなく、不安が強くなってしまう。
そんな私の心理を見抜いているのだろう雪子学校長は「何、慣れれば大丈夫だよ、卯木くん」と笑ってくれた。




