肆之拾 代案
「確かに、変わりましたね」
私の感想に、雪子学校長は「君もそう思うか」と返してきた。
実際に目を隠していた私は、視界の半分が黒一色になったことを覗けば、特に大きな変化は感じなかったのに、スマホの映像では確実に変化しているように感じる。
とても感覚的なので表現しづらいのだけど、奥行きが失われて少し平面的になったように思えた。
これが雪子学校長の言う脳の処理云々の話なんだと思う。
「ともかくこれで、アプリが君の分身だけでなく、君自身、そして、他人である私の視界も映し出せることがわかった」
「はい」
頷いた私に、頷きを返した雪子学校長は、更に話を続けた。
「現状、名前が黒で表示されている相手ならば、その視界を映し出すことが出来るのは間違いない。ここで、私か君が異界に突入して試すことが出来れば、検証も一気に進むが……」
雪子学校長はそう言いながら黒い鳥居に視線を向ける。
「今、皆は『種』を祓っているわけですしね……」
皆が挑んでいる『黒境』の向こう、『神世界』の様子を知るためにも、今すぐにでもこの検証を進めたい気持ちは当然あった。
けど、何の準備をしていない私が突入することは危険だし、ここで待機することになっている雪子学校長がこの場を離れるのもあり得ない。
つまり、現状で出来ることはやりきってしまったということだ。
「もう、今出来ることは無いって事ですよね」
私の呟きに、雪子学校長は何の反応も示さなかった。
頷きも、返答も無い。
かといってこちらの話が聞こえているわけでも無ければ、無視しているわけでは無く、それを示すように、雪子学校長は自らの顔と瞳を動かして私の視線を誘導してきた。
導かれた先には、ベッドに横たわったままの私の分身がある。
「……分身が動ければ、突入して貰うのも良いかもしれませんね」
苦笑気味にそう口にした私は、頭に電撃が走るのを感じた。
動かせる。
反射的だったとはいえ、確かに私は私の分身を自分の体のように動かしていた。
その結果、暴走してしまい、雪子学校長に迷惑を掛けてしまったので、多分無意識に思い出すのを避けていたが、しかし、確かに私は分身を動かしている。
つまり、出来るのだ。
そう思って分身に改めて目を向けたが、暴走した時の感覚が脳裏に蘇り、私は慌てて頭を左右に振って分身を動かすという考えを振り払う。
直後、雪子学校長と目が合った。
私の考えなど完全にお見通しなのであろう雪子学校長は「フッ」と笑ってみせる。
その笑みと供に向けられた穏やかな視線が、何故か恥ずかしくて、私は視線を逸らしてしまった。
すると、私の耳に「ドローン」という雪子学校長の呟きのような一言が届く。
「ど、ドローンですか?」
何かのヒントだと思い、私は慌てて視線を戻した。
だが、視界に捉えた雪子学校長はただ曖昧な笑みを浮かべるだけで、それ以上何かを口にしてくれそうには見えない。
つまり、そこから何か思い付いてみろと言うことなのだと思った。
もしくは、先入観を持たせない方が、私は何かを思い付くだろうと考えているのかも知れない。
私は一度目をつぶって気持ちを落ち着かせると、何が出来るかを考え始めた。
まず、雪子学校長がくれたヒントは『ドローン』だ。
分身術の応用で出現させられたらいいのかもしれない。
テレビそのものを出現させることは出来なかったけど、スマホを出現させられたのだから、機械はまるで出現させられないと言うことは無いはずだ。
とはいえ、私自身ドローンは知っていても、触れたこともないので、イメージがあやふやだし、そもそも個人の持ち物というイメージが湧かない。
スマホは個人の所有物というイメージがあったので、出現させられたと考えると、ドローンは無理ということだ。
今から『ドローン』を個人所有しててもおかしくないモノと思い込むのも難しい。
となると、何か『ドローン』の代わりになるモノを出現させられたら、そう思った瞬間、頭の中に一つの考えが浮かんだ。
「……狐」
突然発言をしたからか、雪子学校長が「ん?」と声を発してこちらに視線を向けてくる。
私はその視線ニ答えるように、浮かんだ言葉を頭の中で並べか整理しつつ、雪子学校長に考えを示すことにした。
「えーと、まず、ドローンの代わりを考えて……その、私が狐に変化出来るのを思い出したんです……それで、私の分身を狐に『変化』させられたら、ドローンの代わりになるんじゃ無いかと思って……」
少し辿々しくなってしまったが、それでも私の考えは言葉にできたと思う。
そんな私に対して雪子学校長は予想外の質問を投げ掛けてきた。
「何故、分身そのままを送り込まないのかね?」
「え?」
そう言われてみて、何故だろうと考える。
だが、私の中に明確な答えは無かった。
「なんとなく……小さい方が操りやすいから……?」
首を傾げながら、浮かんだままを声に出すと、雪子学校長は「なるほど」と思ったよりも真面目な声で頷く。
「術を用いる時に、そのなんとなくという感覚は重要だ。狐への変化、使えるかも知れないな」
雪子学校長にそう言われて、私は大きく頷いた。
確かに私の中に出来そうだという感覚がある。
ならば、私の取る行動は一つしか無かった。
「試してみても良いですか?」




