肆之陸 能力開発
「その様子と表情なら、今は大丈夫だ」
ポンと肩を雪子学校長に叩かれると、マネキンのように固まっていたからだが、一気に弛緩した。
後ほんの少しでも、気を抜いていたら、しゃがみ込んでしまったかも知れない。
そんなことを考えながら、ようやくそこで自分の呼吸が酷く乱れていることに気が付いた。
「君の強力な力は、破滅の種になり得る……が、だ。逆に皆を救う力にもなる。自分の戒めを忘れず、皆のことを思って居続ければ、失敗はしないさ」
今度は背中をポンポンと叩かれ、一気に呼吸が楽になる。
そんな私に「脅かして悪かったね」と、雪子学校長からの謝罪が聞こえてきた。
「さて、ここからは君の能力開発の時間だ」
そう切り出された私は、雪子学校長の生み出した新たな話の流れに盲目的に飛びついた。
「はい。雪子学校長」
「良い返事だ」
どこか茶番のように思える言葉のやりとりだったけど、それでも前向きに行動を起こしたいという思いが強い今は、敢えて突っ込まない。
「『神世界』の情報を得るために、君ならどういったモノをイメージする?」
そう問われた私の中には、既にある程度のイメージがあった。
「……テレビ」
呟くように私の考えを口にすると、雪子学校長は大きく頷く。
その後でなぞなぞのような問いを掛けてきた。
「では、そのテレビに映し出す映像は、なんだ?」
「えっと……『神世界』の映像じゃ無いんですか?」
質問に対して質問で返してしまったが、雪子学校長は「もちろんその通りだが、その映像をどうやって『受信』するのかという話だな」と言葉を補ってくれる。
私はそう言われて、電波が飛ばないのだろうかと考えたが、無理そうだと思った。
雪子学校長に言われて、映像を映し出すモノとしてイメージしたテレビは、テレビ塔からの電波か、あるいはケーブルなどの実線を通じて映像情報を受信する。
これを前提に考えると、異世界である『神世界』から実線を繋ぐのは難しそうだ。
「やはり、無線……ですかね……中継アンテナとか要るかな?」
目を閉じて悩んでいると、雪子学校長が「では撮影はどうする?」と尋ねてくる。
「カメラが要りますね」
「だが、戦闘中に撮影をするのは負担が掛かるな。しかも、今から持たせるわけには行くまい?」
そう言われた私は「確かにそうですね」と頷いた。
「では、飛行ドローンとか……」
私のアイディアに対して、雪子学校長は小さく左右に首を振る。
「『神世界』では、出現した『種』によって、環境に大きな影響が出る。風が吹き荒れたり、あるいは無重力に近い環境では、飛ばすのも難しいのでは無いか?」
私としては、出現した『種』によって環境が変わる話の方が聞き捨てなら無かったのだけど、雪子学校長はそこに触れずグイグイ言葉を付け足してきた。
「それよりも視界そのものを投影出来たらどうだろうか?」
「どうだろうかと、言われましても……」
正直環境の変わる『神世界』やそこに突入したばかりの皆のことが気になって、雪子学校長の話に付き合う気になれない。
「そもそも、人間の視界を投影するなんて、今の技術では到底出来ませんよ」
あしらうようで申し訳ないとは思いつつも、私としては『神世界』の環境についての話がしたいので、話を切るためにそう言った。
だから、直後の雪子学校長の返しは、まるで想像もしていない。
「では、分身の視覚情報ならどうかね?」
反射で私は『分身でもダメですよ』と言おうと思ったのだ。
なのに、頭では言うつもりだったのに、声が出ない。
なぜなら、反射で否定した私の中に、それならば『出来るかも知れない』という妙な確信がブレーキを掛けていたからだ。
そんな私に対して、雪子学校長がいつもの如く的確な指摘をしてくる。
「可能性は高そうだね」
分身と同調して、感覚を受け取ることは、既に実証出来た。
仮に、これから分身を作る要領で生み出したテレビに、分身からの情報を『同調』出来れば、映像を投影出来る。
そして、私にはそれができる……というよりは、不可能では無いという確信があった。
「試してみたまえ」
私は思わず雪子学校長の顔を凝視してしまう。
好奇心に身を任せないと誓ったばかりの状況で、これは良いのかという疑問が、私の中で強く声を上げていた。
「『神世界』の状況を覗き見ることが出来るようになれば、救援が必要な時に、より早く、より的確に対処出来る」
雪子学校長の言葉は、私の迷いを一瞬で断ち切る。
「やって、みます」
私の答えに、雪子学校長は満足そうに頷くと「存分にやりたまえ」と頷いてくれた。
まずは、先ほど消したばかりの『分身』を、これまでの手の平の上では無く、空いているベッドの上に出現させる。
初めて試したのに、想像以上に簡単に出現させられたことに、強い手応えを覚え、この感覚を失わないうちにと、私は次に写ることにした。
「雪子学校長。テレビに挑戦してみます」
「ああ」
雪子学校長の同意を受けて、私は目を閉じる。
分身を出現させたのと同じように、頭の中でテレビを思い浮かべながら私は意識を集中させた。




