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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第参章 下地構築
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参之参拾捌 緊急中断

 花子さんに疑いの目を向けたあとで、私はゆっくりと視線を移した。

 そこには椅子に体を預けたままの私が座っている。

 少し前に椅子に座る分身を見たのと状況的には代わらないのに、もの凄い違和感があった。

 いわゆる既視感(デジャブ)だけでなく、正しい光景だという認識と、これは間違っているという認識が共存し、自分の目ではなく分身の目で見ているはずなのに、自分の見た風景と頭が認知している違和感が脳をかき混ぜてくる。

 すると、視界の中のアイマスクを付けて椅子に座っている私が呼吸を乱し始めた。

 それを見ている私はなんともないのに息苦しい。

 何が、どうなっているのか、よくわからなくなってきて、視界が大きく揺れ始めた。

「卯木くんっ!!」

 視界の中で雪子学校長にアイマスクを付けた私が、力一杯頬を叩かれる。

 パシィっという打擲音が響き、私の頬に強烈な痛みと強い熱が宿った。


「ハァ……ハァ……」

 パクパクと口を動かし、空気をむさぼっても尚呼吸は楽にならなかった。

 アイマスクが外れたことで視界は戻り、感覚も私一人分になっている。

 正直、分身の目で頬を叩かれた自分を見た時は何が起こっているのか、何故叩かれたのかがわからなかったが、ようやく雪子学校長の意図が飲み込める程度には気持ちが落ち着いてきた。

 簡潔に言えば、私は危なかったのだと思う。

 花子さんのくすぐりが切っ掛けとはいえ、分身の体を動かすという行為に()()()()()()()()のが不味かった。

 私の感覚に、分身の感覚を重ねて認知するだけでも、本来はあり得ない現象なのに、私は分身の目を通じて私を見てしまったのである。

 今だから断言出来ることだが、皮膚が感じる感触や体を動かすことよりも、分身の目で視覚情報を得ることの方が、脳にとっては大きな負荷だった。

 許容量を超えた情報が脳に流れ込んだせいで、私の思考はぐちゃぐちゃになり、雪子学校長に頬を叩いて貰わなかったら、私の精神は崩壊していたかも知れない。

 そう考えた瞬間、体が寒気で大きく震えた。


「気持ちが落ち着いたら今日はここまでにしよう」

 雪子学校長に優しく肩に手を置かれた私は、無言のままで頷いた。

 そんな私に対して、雪子学校長は柔らかな笑みを見せると、無言で服を脱ぎ始める。

 何でそんなことをするのかわからず飛び起きそうになる私を手で制すると、雪子学校長は体を成長させ始めた。

 そのまま大人サイズまで成長すると、貫頭衣のような簡単な作りのワンピースを手早く身に纏い、私の体を横抱きで抱き上げる。

「あ、あの、ゆ、雪子学校長!?」

 抱き上げられたこともそうだが、ずっといたわるような優しい眼差しで見られ続けていることに、私は戸惑っていた。

 だが、雪子学校長は表情を崩すこと無く「今は身を任せたまえ」と笑む。

「君がこんなに精神的なダメージを負ったの責任は、花子にある。君は花子を叱責するような子では無い事は知っているが、それでも今夜は少し距離を置いた方が良いと思う」

 普段のどこか達観したような、少し距離を感じる眼差しでは無く、ただ純粋に私を心配しているのが伝わってくる雪子学校長の瞳と声に呑まれて、私は素直に「はい」と頷いた。

 雪子学校長の言葉通り、花子さんが分身をくすぐりだしたことには、多少思うところはあるけど、精神的に危険な状態に陥ったのは結局私が上手く感覚を切り替えられなかったからだし、何よりも花子さんがボロボロと泣きながら謝罪してくれたこともあって、今はなんとも思っていない。

 むしろ、今夜一緒に寝るのはお互いに気を遣うだろうし、気が休まらないだろうなという気もするので、雪子学校長の提案に素直に従うことが出来た。


「あの、そろそろ自分で歩ける……と、いいますか……」

 雪子学校長に抱きかかえられたままで、既に本棟まで戻ってきてしまった。

 当初こそ雪子学校長の優しさが嬉しくて、身を任せることに抵抗はなかったのだけど、移動距離が増える程に、私も少し冷静になってきている。

 お陰で、この横抱きで運ばれている状況が恥ずかしくなってきた。

 特に気になるのが、膝裏に直接触れるように抱き上げられているせいで、スカートが抑えられておらず、雪子学校長が歩く度にヒラヒラと揺れ動いて、太ももの裏が敏感に空気の変化を感じ取っているのもとても気になる。

「今の君は私よりも子供なんだから、遠慮することは無いよ」

「でもですね……」

「花子の話では、今はこのお姫様抱っこというのが女生徒の憧れなんだろう? 部屋につくまで、お姫様気分を味わいたまえ。体験というモノは思わぬ糧になるものだぞ」

 普段は見せない柔らかな表情で言われたせいか『お姫様』という響きに、全身がもぞもぞした。

 問題はそれが嫌悪を感じるモノでなく、むしろ好ましいというか、嬉しいというか、心地良いというか、ともかく恥ずかしいからやめて欲しいと思っていたのに、このまま身を任せたいという気持ちに塗り替えられてしまう。

「そうそう。今は私に身を任せたまえ、凛花くん」

 耳元で、名字では無く名前で呼ばれた事に、私の心臓が強く反応を示した。

 私を揶揄(からか)っているんだろうと思うと、雪子学校長と花子さんの血の繋がりを強く感じる。

 けれども、今の状況を壊したくない、浸っていたいという気持ちが、私に声を発することを許さず、ただ黙って俯くことしか出来なかった。

 膝の裏と肩から伝わってくる雪子学校長の温もりと、ゆらりゆらりと揺れるからだが心地良い。

 雪子学校長が言う横抱き……お姫様抱っこに女の子が憧れるという言葉が、実感を伴って理解出来てしまった。

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