終之拾壱 告白
退院してしばらく、何度も切り出そうとして、結局切り出せなかった私は、夏休みを目前にして、ようやく二人きりで話す約束を東雲先輩と取り付けた。
ずっと機会を窺っていた……というよりは、切り出せずに、ずるずると時間を費やしてしまっただけでしか無い。
東雲先輩の夏休み中の転校も決まって、一緒に過ごす日々も僅かとなってようやく決心が付いた。
あれから、皆で宿泊施設で過ごしていることもあって、いわゆる恋人同士のようなやりとりはしていない。
多分、東雲先輩は私を含めて、周りに配慮してくれているんだろうし、そこにまた惹かれてしまった。
とはいえ、今の状況、東雲先輩からの好意は、偽りを重ねて手に入れたものだし、本来あり得ない者だというのは理解している。
だからこそ、ちゃんと真実を、私の口から東雲先輩に伝えなければいけないし、新しい学校で気持ちを切り替えて貰うためにも、しっかりと恋人にはなれないと伝えなければならないのだ。
そう言い聞かせるように思うだけで、私は悲しくて、泣きそうになってしまう。
この身体に……神格姿を得たあの時に、ちゃんと自分が林田京一だと告白していれば、こんなことになら無かったのにと、過去の自分の小さなプライドが恨めしく思えてなら無かった。
「し、東雲先輩」
「凛花」
私が呼びかけただけで、東雲先輩は柔らかく笑ってくれた。
頭の中ではちゃんと告白して、関係を解消しなければと思っているのに、決意が鈍りそうになる。
手放したくないという思いが強くて、踏み込まなきゃいけないのに、身動きがとれなくなってしまった。
「どうした?」
私を気遣ってくれているのが言葉の響きだけでわかる。
嬉しい……けど、これは東雲先輩を騙して得たものだ。
ちゃんと、東雲先輩のためにも、ちゃんと真実を伝えなきゃいけないと、自分に言い聞かせる。
これは東雲先輩のためだと繰り返し頭の中で繰り返すことで、ようやく口に出せそうな気がしてきた。
「はぁ、はぁ」
緊張と息苦しさで呼吸が荒く速くなってしまっていた。
東雲先輩は「大丈夫か?」と心配して声を掛けてくれる。
優しさが嬉しいと感じられて、胸が一杯になってしまうが、それを頭を振って振り払った。
「し、東雲先輩に、言わなきゃいけない事があるんです!」
勢いで、どうにか言い切ることに成功した私に、東雲先輩は「どうした?」と柔らかな口調で聞き返してくれる。
その反応だけで、思わず覚悟が崩れそうになるので、唇を噛んで拳を握って、勇気を奮い起こした。
これは最初にウソをついた自分の×なんだからと自分に言い聞かせて、どうにか声を絞り出す。
「わ、私は、本当は、その、卯木、凛花じゃ無くて……本当は林田先生……林田京一なんです!」
泣きそうに……いや、目の前が歪むほど溢れた涙を堪えて、そう言い切った。
溢れた涙のお陰で、東雲先輩の姿も揺れてぼやけてしまっている。
しっかりと見なくて済んだのは、良かった。
軽蔑の目も、拒絶の目も、見てしまったら、きっと私は立ち直れなくなる。
だから、良かった。
そんなことを思って、反応を待っていると、東雲先輩は変わらない柔らかな口調で「それで?」と返してきた。
単に疑問を口にしたような感情の色が無い返しに、私は一瞬思考が止まる。
拒絶じゃ無かったことには、少しホッとしてしまったけど、もしかしたら私の言っていることが伝わらなかったのかもしれないと気が付いた。
改めて拳を握りしめて、震える声で言い直す。
「林田京一として生まれて、大人になって、それで、緋馬織に来て、得た神格姿が、この姿で、元々は、その男なんです!」
私が必死に絞り出した言葉に、東雲先輩は「それは知ってる」とサラリと返してきた。
「は?」
思わず耳を疑ってしまったけど、東雲先輩は「那美にも、りんりんさ……匿名希望のキツネ様、それから雪子先生、月子先生、花子さんに、説明して貰っているから、正確にわかっていると思う」と言い加えてくる。
「……わかって……る?」
震える声で聞き返した私に、東雲先輩は「わかってる」と言って大きく頷いた。
「ちょ、ちょっと、待って、ください、東雲先輩、私のこと、その、林田先生だったって、わかってて好きだって言ってくれたんですか!?」
「そうだ」
あまりにもあっさりと、真面目な顔で頷かれてしまったことで、私の頭でパニックが起きる。
「え、は? だって、私、お、男だったんですよ!?」
私の言葉に、東雲先輩は「今、凛花は普通の女の子と変わらないと、先生達から聞いてるけど?」と平然と返してきた。
「だって、その、今はそうかもしれないですけど、男から女になってですね」
「それは俺もだな。神格姿で女になる」
即座に返ってくる東雲先輩の言葉に、一瞬言葉に詰まってしまう。
でも、東雲先輩をちゃんと送り出してあげなきゃいけないという気持ちで無理くり言葉をひねり出した。
「林田先生なんです、私! 私、男の人なんです!」
東雲先輩は苦笑いを浮かべて「那美とキツネ様が言うには、凛花って脳も骨格も遺伝子まで女性になったお陰で、思考も女性化しているらしいぞ」と余裕の態度で返されてしまう。
「それに、林田先生としての記憶も、かなり薄れているんだろう? それって、前世の記憶があるっていうのとそんな変わらなく無いか?」
そう尋ねられて、私は何も答えられなくなってしまった。
「なあ、凛花。俺は全部知った上で、お前が好きだと言ったし、出来ればずっと一緒にいたいと思ってる……そりゃあ、一度大人を経験した凛華からしたら、俺の気持ちなんて、いつまでも続かないって思ってるかもしれない……でも、俺は今まで自分の言葉を裏切ったことは無いんだ。だから、俺を信じて、時間をくれないか?」
思いもしなかった東雲先輩の言葉に、思わず「時間を?」と私は聞き返す。
「絶対証明してやる。俺が凛花を誰よりも好きで、絶対手放す気が無いって」
東雲先輩は私に触れないギリギリまで近づいて、そう言い切った。
いとも容易く私の心臓を鷲掴みにしてみせた東雲先輩は、更に柔らかな笑みを浮かべて私を見詰めながら「俺は今の凛華が好きだから、前がどうかなんて関係ないし、そんなことで気持ちが変わったりしない」と言い放つ。
最後に、東雲先輩はスッと身体を離して「凛花、俺はお前が好きだ」と改めて言われてしまった私は、自分でも恥ずかしくなるほど消えそうな小さな声で「私もです」と返すことしか出来なかった。




