終之漆 新たな
「やっぱり、月子先生は……特別……ですね」
私の言葉に、何故か月子先生は身構えた。
見たこともない妙なリアクションに噴き出しそうになる。
でも、今してるのは真面目な話だからと、月子先生に見えない場所で太ももをツネって堪えた。
堪えきったところで、目を閉じて呼吸を整える。
改めて月子先生を見れば、不安の混じった目で上目遣いに私を見ていた。
その目を見た私は、リンリン様の力を借りれば考えを覗くことが出来るのに、それをせずに真正面からぶつかってきてくれているんだということに気付く。
絶対に不安だし、怖いのに、保険も掛けず、全力で告白してくれたような気がして、そんな月子先生がもの凄く愛おしかった。
林田京一だったら、男だったら、もっと違う気持ちになったのかもしれない。
そう感じた私は、もう結論を変えるつもりは無かったけど、最後に質問をしてみることにした。
「月子先生は……私が娘でいいんですか?」
それを聞く必要は無かったんだけど、正直、月子先生に臨んで貰っているという確信が欲しかったんだと思う。
もう林田先生と私は別の人間だし、林田京一としてのこれまでの人生や経験や立場は彼のものだ。
身体の構成まで、完全に少女な自分が林田先生の代わりになるためには、術か何かを使う必要がある。
何かの拍子に解けてしまうなら、私が固執するのには無理があるし、そもそも林田先生も本人なのだ。
私が違う戸籍を得るというのは自然なことというところまでは納得できている。
だから、書面上の繋がりでしか無いかもしれないけど、手を伸ばしてくれたことが嬉しかった。
嬉しかったんだけど……いや、嬉しかったからこそ、無理をしていないか確認したくなってしまったんだと思う。
そこを確認しておきたいと思っていたんだけど、月子先生から飛び出てきた言葉は想像もしていなかったものだった。
「あ、あれかな。いや、姉妹にすると、雪姉や花子とも姉妹になってしまうだろう? それは流石に大変かなと思ったんだが、いや、むしろその方が良かったか……いや、雪姉や花子の方が良いか? た、た、た、たしかに、私よりは向いているかもしれないな。これは私が浅慮だった……」
頭を両手で抱えて狼狽える月子先生に思わず拭きだしてしまった。
私が笑い出したことで、月子先生はこの世の地獄でも見たかのような絶望顔を私に見せる。
苦笑しながら大きく息を吐き出した私は、右手を月子先生に差し出した。
「その……よろしくお願いします……お母さん」
身体全体から火を噴きそうな程恥ずかしかったけど、どうにか言い切った私は、次の瞬間感極まって抱き付いてきた月子先生によって、ベッドに押し倒される。
「大事にするとも、可愛がるとも、君の為になら私は尽くすぞ!」
とんでもないことを大声で言い始めた月子先生に「ぼ、暴走しすぎですよ!」と返しながら、落ち着くのを待った。
「恥ずかしいところを見せてしまったな」
居心地悪そうに言う月子先生に、私は苦笑を返した。
「結果的に、君から家族を取り上げてしまったようなものだからね……私では力不足だろうけど、少しでも頼って貰いたいのは本心なんだ』
うつむき加減に言う月子先生の言葉は、私の中にじわりじわりと染み込んでくる。
教師に採用されるまではと、勝手に決めて、家族と距離を取っていた身としては、月子先生の気遣いが逆に胸に刺さった。
「半分……っていうのはおかしいかもしれないですけど、その、林田先生がいるわけですし……」
そう口にした私に、月子先生は真っ直ぐ視線を合わせて「今は大丈夫でも、ふとしちゃ時に恋しく思うかもしれないよ?」と言う。
気遣いだけじゃ無く、心配してくれているのがわかる月子先生の言葉に、私は出来るだけ明るい声で返すことにした。
「大丈夫です! 林田先生経由で話は聞けますし、姿が見たければ、リンリン様達に協力を要請してみますし」
指を折りながら言う私の姿が、無理しているように見えているのだろう。
月子先生の表情は明るくならなかった。
表情が暗いままの月子先生を前に、私は力一杯溜め息を吐き出した。
すると、動揺した様子で月子先生が「その、やっぱり、無理はしなくていいんだぞ。君は身体の構造も少女のそれなんだ……思考も、感情のコントロールも、肉体に引かれる……元のままなら平気なことでも、今は違う。だから、無理に明るく振る舞うことは無いんだ」と口早に言ってくれる。
それを聞いて私は、ああそうかと理解した。
だから、必要以上に心配してくれるのかと納得したのと同時に、本当に私のことを強く勘敢えてくれているんだと思って身体が震えるほど嬉しい。
「大丈夫です!」
私の返しに「そうは言ってもだね」と口にする月子先生は、表情を曇らせたままだった。
「私には頼りになる仲間もいますし、尊敬出来るおばさんも出来ましたし、何より私を思ってくれるお母さんがいますから」
頭で思っていたときは恥ずかしくてたまらなかった言葉が、いざ口にしてみると想像よりもするりと自然に言葉になる。
そして、口にするほどに、これが私の本心なんだなと自覚できて、言葉に自分でも確信が籠もるのがわかった。
月子先生は「君が緋馬織に招かれたと知ったときは、こんなことになるとは思わなかったが……」と前置きをしてから「姉や妹と違う家族といのも良いものだな」としみじみという。
「なんですか、それ」
苦笑する私に、月子先生は照れ隠しと言わんばかりの口ぶりで「私のしつけは厳しいぞということだよ」と言い放った。
その後、二人で目を言葉も無く見つめ合ってから、ほぼ同時に噴き出す。
私は心の中で今までの家族に感謝とお別れを告げながら、新たな家族と頑張っていくので心配しないでほしいと、勝手なことを思っていた。




