終之壱 覚醒
目を開くと白い天井が目に入った。
コポコポと空気が水を抜けて、水面で弾ける独特の音が聞こえる。
ゆっくりと頷くように首を動かすと、私の身体は清潔な布団カバーに包まれた毛布が掛けられていた。
ベッドの上に寝かされているんだと思いながら周囲を見ようとしたけど、U字のカーテンレールに沿って、天井部から垂れる厚手で薄いクリーム色のカーテンに隔たれて、確認することは出来ない。
このままでは新たな情報を得られないので、身体を起こそうとしたのだけど、上手く力が入らなかった。
私の記憶は、東雲先輩を救おうと林田先生に無茶して貰って、イメージを具現化して、巨大な黒い人がトに挑む直前の光景で止まっている。
あれから何があったのか、ここがどこで、自分がなぜここにいるのか、そして上手く身体が動かない理由もわからない理由も確かめるために、私は考えた。
そして、私は『球魂』を身体から分離する事を思い付く。
目を閉じて深く息を吸い込んだら、吐き出す息に合わせて、身体から『球魂』が放たれるのをイメージした。
ふわっと全身が持ち上がるような感覚がした後、体幹の全てが消え去った。
それが、無事に『球魂』を切り離せた証だったようで、私の身体がベッドに横たわるのが見える。
少し『球魂』の位置を上方向に動かして、U字レールとカーテンの間の隙間から外を伺ってみた。
するとベッドのすぐ近くには大きな窓があって、反対側には大きなスライド式と思われる扉が見える。
室内にはベッドが、私の体が寝ているものとは別に、三台のベッドが置かれていた。
私のベッドのように、U字のカーテンレールにカーテンが掛けられているけど全開になっていて、一目で無人なのがわかる。
室内しか見ていないので断言はできないけど、これは保健室ではなく、病院の大部屋のようだ。
廊下か、窓か、この『球根』の状態なら通り抜けることができる。
どちらに行くのがいいかと考え始めたところで、短い電子チャイムが鳴った。
何だろうと思っていると、聞き慣れた声で『卯木さん、卯木凛華さん、ベッドにお戻りください』とスピーカーから指示が飛んでくる。
ベッドに戻るというのが『球根』を体に戻せということなのだろうと推測した私は、大人しく指示に従うことにした。
「とりあえず、意識が戻ったようで安心したよ」
そう言いながら部屋に姿を見せたのは、リンリン様を胸元に抱えた月子先生だった。
「……よくわかりましたね」
「最初に気付いたのは……」
月子先生はそこで言葉を止めると、腕の中のリンリン様へ視線を向ける。
私も遅れて視線を向けたけど、リンリン様はピクリとも動こうとはしなかった。
「えーと、その……」
何故動かないんだろうと思った瞬間、何か理由があqるんだろうと察した私は、どう聞けばいいのかわからず言葉に迷ってしまう。
そんな私を見て苦笑しながら月子先生は「いくつか、君に関することで、伏せていることがあるからね。察してくれると助かる」と言いながら、私の耳元に手を伸ばしてくる。
何をされるんだろうとドキドキしばがら待っていると、耳に何かが挿入された。
『主様! ようやく意識を取り戻したのじゃな』
なんだかものすごく懐かしいと思える声が聞こえてきたことで、月子先生が耳に入れてくれたのは小型のイヤホンらしいと気付く。
「凛華さん、ベッドを起こすよ」
そう言って月子先生はベッドから伸びるリモコンに触れると、小さな駆動音を立てて、私の寝るベッドの上半分が持ち上がり始めた。
その間にもイヤホンからはリンリン様の声がしてきて『ここは公立の病院ゆえ、わらわが話すことはもちろん、口にはできない情報もあるのじゃ。というわけで、わらわがこうしてカラクリ越しに話しかけ、主様は頭に考えを浮かべることで、わらわが読み取るという方法で情報の受け渡しをするというわけじゃ』と説明してくれる。
一応、状況は理解したと頭に浮かべた。
てっきりリンリン様から言葉が返ってくるのだと思っていたら、ベッドの高さを調整して私の上半身を起こしてくれた月子先生が椅子に座りながら「まず、みんな無事だよ」と笑む。
正直、一番知りたかったことなので、私は大きく溜息を吐き出してから「そうですか」と返した。
ゆっくりと顔を上げると、月子先生はまたも視線を下に向けて、リンリン様を示す。
私が視線を向けると、すぐに『ちなみに、既にひと月ほど経っておるのじゃ』と衝撃の言葉が聞こえてきた。
大声をあげそうになった私は、動きの鈍い体を無理やり動かして口を塞いで、身体の中に声ごと驚きを押し込める。
そんな私に向かって笑みを向けたまま、月子先生は「あ、凛花さん。これは差し入れだよ」と口にしてタブレットを取り出した。
興味を引かれて視線を向けると、すぐにリンリン様が『映像で、主様たちに何が起こったのかを説明するのじゃ』と言う。
頭の中で理解した旨を思い浮かべながら、月子先生に「ありがとうございます」と感謝の言葉を伝えた。




