弐拾之参拾弐 金生水
前のめりになりかけた身体を、車椅子から落ちる寸前で、恐らく林田先生だと思われる大きな手が支えてくれた。
「大丈夫ですか!?」
呼びかけに「はい」と返すと、すぐに林田先生は起こっているように感じる口調で「力を掠って言いましたよね? 使ってください!」と言う。
私は叱られたことで身体が震えたけど、このままでは自分の役目も果たせなくなってしまうので、申し訳なく思いながらも、林田先生の力を借りることにした。
「……それじゃあ、遠慮無く、またお力をお借りします」
申し訳ない気持ちで口にした私の言葉に、林田先生はどこか嬉しそうに力強い言葉で「ええ、どうぞ」と返してくる。
私だって、自分だけ参加できないのは嫌だと思うし、元々は私なんだから林田先生だってそう思う筈だと、今更ながらに気が付いた。
だから、思いっきり使ってあげようと思う。
「一切加減しませんから、駄目だと思ったら手を離してくださいね!」
「わかりました、任せてください!」
私の言葉に力強く応えた林田先生は「絶対に離しません!」と言い加えた。
「それじゃあ、全力が尽くせないんですけど!?」
不満を込めてそう言うと、林田先生は「じゃあ『限界ギリギリまで離しません』に、修正しておきます。不本意ですが」と本当に不服そうに返してくる。
「なんで、素直じゃ無いんですか」
それは林田先生に言ったと言うより独り言のような呟きだったのだけど、それにも答えが返ってきた。
「知ってるでしょう……僕の性格は、君が一番」
その一言に、私は何も言い消せなくなってしまう。
代わりに「それじゃ、力吸い取りますよ!」と宣言して、林田先生から足りなかった分のエネルギーの徴収を開始した。
エネルギー供給によって、私の感知能力は爆発的に精度を増した。
これまでは出現位置がわかる程度だったが、今は完全にその姿形が人型だということを認識出来ている。
攻撃は透明な人型が、透明で、クナイのような刃先のある金属っぽい硬度のある何かを投げているところまで認識出来た。
動きは、志緒ちゃんや花ちゃん、東雲先輩とやり合ってる他の人型に比べて数段遅い。
速度では無く、透明化に力の多くを割いているからじゃ無いかと予測すると、リンリン様が『あるいは高速で動く事で、どうしても生じる痕跡を嫌っているのかも知れぬな』と、私の思い付いていなかった別の視点を添えてくれた。
私はリンリン様に「なるほど」と返して、エネルギーを供給してくれている林田先生に声を掛ける。
「林田先生、もう少し無茶しても良いですか?」
問い掛けから少し間を挟んで「任せなさい」という声が返ってきた。
多分無理しているんだろうなと察しながらも、ここで透明を仕留めておいた方が良いと判断して「無理なら、手を離してくださいね!」と告げてから、水球を把握した透明の人影に向かわせる。
林田先生からよりエネルギーを供給して貰い、水球を透明な人型を飲み込めるサイズまで拡大して一気に内部へ取り込んだ。
透明な人型の捕獲は思いの外簡単に成功した。
巨大化させた水球の中心が、閉じ込めた透明な人型の形にくりぬかれていて、舵手津仕様と藻掻いている。
生き物であれば溺れてしまうのだろうけど、取り込んだ透明の人型は動きを止めることは無かった。
更には、水球に閉じ込めたというのに、透明な人型は新たなクナイらしき何かを出現させ、水球の外に打ち出そうとモーションを取り始める。
折角捕獲したのに、攻撃されては意味が無いと考えた私は水球の表面上に、包み込むように氷の障壁を展開した。
直後、透明な人型が放った透明のクナイが、水球の中に直線の軌跡を出現させる。
その進行方向の障壁を厚くするように集中すると、水球から出て氷の障壁にぶつかった瞬間、弾き飛ばされて透明のクナイは、水球の中に跳ね返されて沈んでいった。
移動も攻撃も封じ込めた今、他の皆の助けに回るためにも、透明な人型の完封を考える。
すると、リンリン様が『ふむ。主様が捉えたのは、金行を帯びておるようじゃな』と口にした。
タイミングも内容も想定外だったこともあって、私は何も考えず、反射でリンリン様に「金行ですか?」と返す。
『金生水……金行は水行を生み出す性質があるゆえ、透明が藻掻くほど、主様の水の球と氷の壁が力を増しておるようじゃぞ』
そう言われた私は、力を増すとはどういうことだろうと思いながら、水球と障壁の様子を確認してみた。
すると水球の方は良くわからなかったけど、氷の障壁の方は厚みを増していて、水球との間の隙間もほとんど無くなっている。
「確かに、氷が厚くなってますね」
私がそう口にすると、リンリン様は『水の球の方は重くなっているはずじゃ……身体を動かすのも徐々に難しくなるじゃろう』と、水球の方の変化を教えてくれた。
そして、そのリンリン様の言葉を裏付けるように、透明な人型の動きは徐々に緩慢になっていく。
このままいけば、完封できると確信した私は、油断して台無しにしないように、完全に動けなくなるまで意識を集中することにした。




