参之参拾肆 意識の反映
「どうだ、花子?」
腕組みをする雪子学校長に、花子さんは椅子に私が出現させた膝を抱えた姿勢の私の『分身』を座らせながら「うーん」と唸った。
それから私に向き直ると、一言も無く私のお尻に手を当てて、そのまま太ももの裏へと滑らせる。
「ひゃっ」
くすぐったい感触に思わず声を上げてしまったが、花子さんは太ももの裏に伸ばしたのとは反対の手で私の肩を掴むと、易々と私を抱き上げた。
「正直、分身の方が多少軽い程度ですね」
私を抱きかかえたまま、真面目な顔で花子さんは雪子学校長に報告する。
それを聞いていると急に私を抱えていた腕の力が抜かれた。
「へ? はぅっ」
ガクンと体が落ちる感覚に、私は慌てて腕を伸ばして、花子さんの首に絡ませる。
直後、力が抜かれてしまった花子さんの腕に支えられた。
「ふぅー」
落ちなかった安堵感で溜め息を零した私の直近で、花子さんが「こうして自分から抱きついてくれると、凛花さんの方が軽いですかね」と微笑む。
弄ばれたという実感に怒りがこみ上げてきたが、そのタイミングで笑顔を深めて花子さんの言葉に私は硬直した。
「ぎゅうって抱き付いてくるの、本当に可愛かったですよ、凛花さん」
花子さんの発言から、復帰するのに少々……かなり時間を取られたものの、今すべきは検証だと自分に言い聞かせて、私は恥ずかしさで発した体中の熱が引かないのを実感しながら、行動を開始した。
「……私の体感……というか事実として、こうして持ち上げるのに、重さをまるで感じません」
膝を抱えた格好で椅子に座っていた『卯木凛花』にうり二つな分身は、言葉通りまるで重さを感じない。
これに対して、雪子学校長の見解は「体の一部のような認識だからかも知れないな」だった。
「体を動かすのに重さを感じることはそうそう無いだろう?」
確かに疲れていて体が重いという事はあっても、普通に生活をする上で感じることは少ない。
「つまり、私の分身は、私にとっては体の一部という認識だから、重さを感じないって事ですか?」
私が首を傾げてそう尋ねると、雪子学校長は少し首を捻って考える素振りを見せてから「……そうとも限らない……か」と口にした。
仮説を立てた本人が仮説を疑問視するような発言に、雪子学校長の考えがさっぱりわからなくなってしまった私は、パチクリと目を瞬かせるしか無い。
一方、雪子学校長は、戸惑う私から花子さんに視線を移して「花子、今度は重さが無いと思って、卯木くんの『分身』を持ち上げてみてくれ」と指示を出した。
その言葉に花子さんは頷き、相変わらず出現した時と同じ膝を抱えた姿勢の私の分身に手を伸ばしてくる。
ほんの少し手渡すのに抵抗があったものの、実験だと自分に言い聞かせて、私は分身を手渡した。
すると、私の手が離れたところで、完全に自分の手だけで支えることになった花子さんが驚いたように目を瞬かせた。
「すごいです! 重さを感じない……」
花子さんは興奮気味に私と雪子学校長にそう訴える。
雪子学校長は花子さんに頷いた後でこちらに視線を向けてきた。
「こうなると、君の分身は、触れる人間のイメージを反映する可能性の方が高そうだ」
そう口にした後で「花子」と声を掛けた雪子学校長は、私の分身を両手で受け取る。
身長的には、子供姿の雪子学校長の方が小さいので、平然と私の分身を大きなぬいぐるみのように持ち上げる姿は、もの凄い違和感を覚える光景になっていた。
抱えていた私の分身を椅子に降ろした雪子学校長は「君の分身には触れる人間のイメージが反映されるのは間違いないだろう」と断言する。
「と、なると、最初の君が分身を自分の体の一部だと考えているからという仮説は誤りかも知れないな」
こちらを見て言う雪子学校長に、私はピンとくるものがあって、それを口にしてみた。
「ひょっとして、手の上に出現させたじゃないですか、そのせいかもしれません!」
「というと?」
雪子学校長の言葉にすぐに答えようとして、頭の中で『服っ!』を繰り返していたことを思い出して、頬が萌えだしそうな程、急激に熱を帯びる。
結果沈黙してしまった私の表情を見て、雪子学校長は「何か卑猥なことでも考えたのかね?」と呆れた声を上げられてしまった。
「しょ、しょんなわけないです、ぶ、分身が裸で出てきて慌てて、服を着せなきゃいけないって考えたのを思い出したんですぅっ!」
私の訴えに、雪子学校長は目を細めて薄く笑う。
その表情で恥ずかしさが増す中、雪子学校長は改めて溜め息を吐き出した。
「君の様子から推測して、自分の裸に意識が向いたのが原因かも知れないな」
「は……い?」
「手の上に出現した自分の裸に慌てて、服をイメージした。その時点で君は分身の重量を考える余地はなかった」
雪子学校長の言葉に「……それは、確かに……」と頷く。
「手の上に出現したこと、それで重いと感じなかった……というより重さに意識が向かなかったことで、そもそも重いというイメージが君の中に生まれなかったとすると……」
「重さを……感じない?」
私の発言に、雪子学校長は軽めの頷きを数回繰り返した。




