参之参拾参 ふくっ!
片手をあげて、雪子学校長に「あの、分身って……」と切り出したが、どうすれば良いのかと問う前に、手の平をこちらに向けて、言葉を遮られてしまった。
「過去の記録に分身の作り方に触れている記述はある」
雪子学校長は私の意図を把握しているのであろう的確な言葉を口にする。
安心して続きを待っていたというのに、雪子学校長は「しかし、だ」と流れに反することを予告する言葉を口にした。
何を言われるのかという思いで、無意識に体が強張る。
だが、幸子学校長が口にしたのは、とても頷けるものだった。
「卯木君のこれまでを考えると、下手に情報を与えるよりも、まず挑戦してもらった方がよさそうだからね。過去の記録については、行き詰った時に頼れるものがある程度に考えて欲しい」
自分だけの力で挑戦してみるのには、多少の不安はある。
けれど、もし失敗しても、別の方法を試せる可能性があるというだけで心強く思えた。
「……自分なりにやってみます」
雪子学校長は私の言葉に、柔らかい笑みを浮かべて頷いてくれる。
その後で花子さんの方へ視線を向けて「灯りを付けて、録画の準備を頼む」と指示を出した。
「凛花さん、後で検証するためにも今回は最初から録画するので、指定の場所で初めて貰えますか?」
「は、はい」
撮影されると聞くと、妙に緊張してしまった。
「大丈夫ですよ、撮影するだけですから」
花子さんにクスクスと笑われてしまい、少し恥ずかしかったので「始めても良いですか?」と誤魔化すように質問を口にする。
すると花子さんは笑いを辞めて、堅めの真面目な声で「はい、いつでも良いですよ」と返してくれた。
「じゃあ、分身、いきます」
私はそう宣言して目を閉じる。
頭に浮かべるのは『分身を作る』というイメージだが、ここで、どういう動きをすれば良いのかわからなくなってしまった。
私の感覚では、変わりたいモノを頭に描いて、額に意識を集中させると、体全体に熱が回り、その熱が散るのと同時に変化が終わる。
これから試す『分身』も同じようにすれば良いのかと考えたのだけど、どうも上手くいく気がしなかった。
そこで、私は狐火や稲妻、狐雨の時のように、声に出してみることにする。
「『分身』」
ザワリと体の内側で何かが波打った感覚はしたが、その波はしばらくすると収まってしまった。
声に出す方法も、どうやら『分身』には向いていないらしい。
早速行き詰まってしまった私は、目を開いて自らの手の平に視線を向けた。
「あっ……」
思わず声が出る。
直後、花子さんが「どうしましたか?」と心配そうな声で私に話しかけてくれる。
「……何か、力の流れみたいなモノを感じて……」
「力の流れですか?」
「……はい。このまま手の平に力を集めれば……出来そうな、感じがします」
最初は漠然とした感覚だったのが、実際に言葉にして、花子さんと言葉を交わすことで、徐々に確信へと変わり始めた。
この方法ならいけるかも知れないという手応えと言うには未だ少しあやふやな希望が、私の手の平の上にある。
「試してみても良いですか?」
私の言葉に応えてくれたのは、コーチ役である雪子学校長だった。
「もちろんだ。バックアップは任せたまえ」
雪子学校長の力強い言葉に、私も深く頷いて右手に力を込める。
全身の筋肉が震える感覚がして、熱が右手へ移動していくのを感じると供に、手の平の上に熱の塊ができあがっていく感覚が強まった。
徐々に熱の流れる早さが早まっていき、何かが起こるのを確信した瞬間、私は知らず「『分身』」と呟く。
直後、集めた熱と力の塊のようなモノが急激に光を放った後で、光を抑えながらまずは縦方向にグングンと伸び始めた。
それが鈍化すると今度は、ラグビーボールのような縦長の球形に変化した後で、横にも膨らみ始める。
その間も放たれていた光は失われ、まるで卵のような形に膨らんだ後で、今度は中に人が入った風船のようにボコボコと内側から突起が生まれては元に戻りを繰り返し、形を取り始めた。
突起が現れ、また卵に戻るという変化の感覚が早く、突起具合が大きくなってくると、元の卵の形から、人が脚を抱えたような姿ヘと、突起が収まった後の形が変容し始める。
「え、ちょ……」
思わず声が出てしまったのは、その人型が、私だったからでは無く、一糸まとわぬ姿だったからだ。
分身を出すのに成功しそうなのに、それどころじゃ無い。
思考を喜ぶ気持ちよりも、過程の全てを録画して貰っているのに裸の自分を出現させることの方が私には由々しき問題だった。
強い焦りを感じながら、声に出さないように頭の中で必死に『服っ!』と繰り返すと、裸だった私の手の上の分身に変化が起きる。
裸だった体の上に浮き上がるモノが全身で現れ始め、それが服の形と変容していった。
完全に光が消え去る頃には、私の右手の平の上に等身大の『卯木凛花』が制服姿で膝を抱えて現れる。
服を着た分身を作り出せたことに、私は大きく息を吐き出すとその場で力なく座り込んでしまった。
そんな私に花子さんの声が降ってくる。
「手乗り凛花さんなんて、皆が欲しがりそうですね」
かなり脳天気な花子さんの言葉に、右手に乗ったままの私そっくりな分身を見て、私は苦笑を漏らすしか無かった。




