拾玖之肆拾 魔女降臨
「なんで、那美ちゃんだけ、行っていいんですか!?」
私は面白くないと思いながら、月子先生に尋ねた。
けど、私の問いの答えは月子先生からでは無く、那美ちゃん自身の口から勝ち誇った様子で放たれる。
「仕方ないでしょう~まーちゃん以外に土行と金行の魔法を使えるのは、魔女な私だけなんだから~」
声を弾ませながら言う那美ちゃんの「何か事件が起こるかもしれない、凛花ちゃんはお留守番頑張ってね」という発言は、もの凄く面白くなかった。
とはいえ、封印された黒境の神世界に、私が接触した場合、他の皆と違って予想もしていない現象が起こる恐れがあると言われてしまえば、だだをこねる枠にも行かない。
不満を「むぅ~」という声に乗せて、口を尖らせた。
対して月子先生が「まったく、仕方が無いだろう……そもそも君だって、皆を危険にさらしたくは無いだろう?」と言われてしまう。
全くその通りなので、私は何も言えなくなってしまった。
那美ちゃんはそんな私に手を振りながら「それじゃあ、行ってくるわ」と手を振った上にスキップまでしてみせてくる。
結局、悔しいと思いながらも、私には見送ることしか出来なかった。
神格姿である魔女の姿になった那美ちゃんはモニターの向こう側から『リンちゃ~ん』と呼びかけてきた。
「なんですか?」
普通に受け答えしたつもりなのに、自分でもわかるくらいとげとげしてしまう。
一方、那美ちゃんは気にした素振りも見せず、平然と『リンリン様にぃ~魔除けの鈴をぉ~使って貰って良いかしらぁ~』と言ってきた。
なんだかもの凄く面白くないけど、那美ちゃんにダメ押しで『検証のためなのぉ』と言われてしまっては、頷く以外に無い。
私はわかりやすく溜め息を吐き出してから「リンリン様に聞いてみます」と返した。
リンリン様は白い鳥居から繋がる神世界に行ってしまっているので、目を閉じて心の中で問い掛けてみた。
すると、モニター経由で『主様、いつでも良いぞ』とリンリン様が返してくる。
それを聞いた私はモニターの向こうの那美ちゃんに向かって「だ、そうです」と言った。
那美ちゃんは『それじゃ~、お願い~。いつでも良いわよぉ~』と手を振る。
まるで何も感じていないと言わんばかりの態度に、私は諦めて胸の内でリンリン様に魔除けの鈴の使用をお願いした。
リンリン様を中心に放たれた光の波が、那美ちゃんの神格姿に触れた瞬間、そのからだが光に包まれた。
そして、そのすぐ後に光は飛び散り、那美ちゃんの神格姿は新たなものへと変わる。
ただ、舞花ちゃんや結花ちゃん、志緒ちゃんのように大きく衣装が変わるわけでは無く、東雲先輩の様に衣装が増えるわけでも無かった。
衣装自体は魔女服のままで、ローブの裾や三角帽子のつばなど、衣装の至る所に金糸や銀糸で、花や草、鳥の翼、波や雲など、様々な自然物をモチーフにした細かな紋様が刺繍されている。
それだけで一つの芸術作品のような雰囲気があった。
『なるほどねぇ、これはスゴいわぁ』
那美ちゃんはその場でクルクルと回りながら、ローブとワンピースの裾に空気を含ませながら、ふわふわと浮かせてみせる。
回転する内に、ローブの袖に隠れていた左腕が晒されると、元の神格姿の時よりも増えた金と銀で彩られたブレスレットが姿を現わした。
ブレスレットには五行に通じる赤、黄、白、紫、青の輝石が埋め込まれている。
那美ちゃんは輝石の埋め込まれたブレスレットを撫でると、東雲先輩に『それじゃあ、早速、魔法使ってみるわぁ』と言い放った。
更に、のんびりした口調のまま『それじゃあ~頑張ってぇ、凌いでねぇ』と言うなり那美ちゃんは後ろに向かって翔ぶ。
バックステップでは無くふわりと宙に浮いた感じで、少し地面から離れた状態で静止する様はまさに魔女らしかった。
一方、東雲先輩の方も、那美ちゃんと距離を測るように、じりじりと後退する。
とても検証の最中とは思えない程、空気がピンと張り詰めたところで、那美ちゃんは無言でブレスレットの嵌められた左腕を振り上げた。
直後、那美ちゃんの元から東雲先輩に向けて、土が盛り上がり、嵐の海を思わせる無数の土波となって殺到していく。
東雲先輩は時運に迫る土の波を見た瞬間に、大きく後ろに仰け反った。
何をするのかと東雲先輩の動きに注視していると、仰け反った姿勢から今度は全景に身体を倒しつつ、背中の刀を抜き放つ。
すると、上から下に大きく振り下ろされた刀の軌跡のままに、土の波が二つに斬り裂かれた。
だが、それで終わらず、今度はしたから斜め左上へと切り上げられ、その剣筋のままに、次に迫っていた波が引き裂かれる。
東雲先輩はそこから右に振り斜め左下に振り、上に振り上げ、更に左斜め下に振り、止まること無く刀を振るって次々と迫る土の波を斬り裂いていった。
そうして土の波が全て斬り裂かれる頃には、東雲先輩の背中から抜かれた刀は銀色の刀身を黄色一色に変える。
だが、そこで息をつく余裕を那美ちゃんは東雲先輩に与えなかった。




