拾玖之弐拾陸 問答
「や、やあ、卯木凛花さん」
妙に緊張した様子で林田先生が私を見ながら声を掛けてきた。
「そ、その……雪子学校長から、しりょ……名前を聞いています……その、直接会うのは、初めましてですね」
辿々しく紡がれた林田先生の言葉が『初めまして』で締められたことに、本当に私との関係性を、生徒と担任教諭としか思っていないんだと理解する。
私はジッと林田先生の目をジッと見詰め、反応を窺いながら「初めまして、林田京一先生。卯木凛花です」と告げた。
私が目を離さないからか、少し動揺したように林田先生の目が小さく上下左右に細かく動く。
それでも目を逸らすことは無かった林田先生だけど、困った顔をしてから、ゆっくりと目を閉じて「君が転校してくる前に入院してしまって、動画でしか会っていないからね。こうして顔を合わせられて良かったです」と笑顔を見せた。
誤魔化しながらも目を閉じることで視線を外そうとしたのが丸わかりなので、思わず苦笑してしまう。
意図しないところで、男子が浅はかだと、女子が思う理由がわかってしまった気がした。
林田先生が困って目を閉じたのはわかるけど、だからといって様子を覗うのを辞めるわけにはいかないので、目を見るのを辞めるわけにはいかない。
加えて、私が目を逸らさなかったらどうするんだろうという悪戯心みたいなものも芽生えてきた。
「林田先生」
私の声に反応してゆっくりと目を開けながら「何ですか、卯木さん」と優しい先生の空気を纏いながら返してきた。
ここでいろいろ話をしておきたい気持ちもあるけど、私は時間を掛けすぎるべきじゃ無いと考えて踏み込んでみる。
「お風呂でのこと覚えてますか?」
私の問い掛けに、見てわかる程、しっかりと林田先生が固まってしまった。
「私と那美ちゃんと、林田先生が……」
固まってしまった林田先生に、分離の時の状況を思い出せるか試そうと、改めて言い直したのだけど、もの凄い慌てた様子で「ま、ま、ま、ま、ま、まってくれ!」と遮られてしまう。
待てと言われた以上、待つべきだなと考えた私は「はい」と頷いた。
林田先生はそれまでの済ました態度とは違い、どこか焦った様子でオロオロと意味があるのかわからない故障したロボットのような変な動きをし始める。
第三者目線で見ると、動揺している姿はなかなか滑稽だなと思ってしまった。
理解したくは無いけど、月子先生に数え切れない程揶揄われたのはこのせいなのではと、知りたくなかった真実に触れてしまった気分になってくる。
「き、記憶に無いんだが……その、君が見たのはおれ……いや、どういう状況だったか聞いてもいいだろうか?」
多分、勘違いを疑っているんだろうと思うけど、ストレートに『見たのは本当に林田先生だったのか?』聞くと、私を疑っているように聞こえるんじゃ無いかと配慮して懸命に言葉を探しているんだろうなというのが伝わってきて、自分の恥ずかしい姿を見せつけられているような変な気分になってきた。
話を進めてしまおうと決めて真顔で「私が入浴していたときに……」と口にしたタイミングで、またも「待った。待ってくれ」と震える声でストップを掛けてくる。
「その、君が入浴しているということは、君は服を……」
「もちろん裸ですけど?」
変なことを聞いてくるなと思ったら、林田先生は「申し訳なかった」と、その場でなんと土下座をし始めた。
謝られても私も困ってしまうし、そもそも私の身体を自分の分身が見たところで、何か問題があるわけでは無いので「それは良いんですが」と返すと、今度は林田先生はガバッと立ち上がる。
「いいわけないだろう! 君はもっと自分自身を大事に……って、いや、君が言うとおりだとしたら、俺が駄目なわけで……」
なんだかブツブツ言い始めた林田先生の様子に、若干、気味の悪さを感じてしまった私は思わず後退ってしまった。
そんな私に代わって「落ち着きたまえ」と雪子学校長が容赦なく、林田先生の背中に平手を放って振り抜く。
「ぐはっ!」
不意打ちだったこともあってか、勢いよく宙を舞った林田先生はそのまま地面に突っ込んでいった。
リンリン様に『後ろじゃ!』と声を掛けて貰ってなかったら巻き込まれていたかもしれない。
「雪姉、加減してやってくれ」
呆れたような顔で月子先生が雪子学校長に苦言を呈した。
雪子学校長は頭を掻きながら「すまん。こちらの身体は余り慣れてないせいで力加減がな」と謝罪する。
月子先生は雪子学校長から視線をこちらに向けると「君も君だ。いくら相手が林田先生だからと言って、揶揄うのはよろしくない」と怒られてしまった。
そんな意図は無かったので、私は「揶揄ってなんかいません!」ときっぱり否定する。
対して月子先生は「それならばだ。自分の発言を振り返ってみなさい。林田先生の視点で!」と言い返されてしまった。
「天然でやらかしているのなら、それはそれでいいことじゃない。君は気持ちが乗ってくると、普段出来ている周りにどう見えるかという視野が欠けるからね」
身に覚えのある事を指摘されてしまった私は「わかりました」と頷く。
自分の口にしたセリフを振り返りながら、林田先生の視点でどう受け止め、どう考えるかに意識を向けるだけで、自分のやらかしに、すぐさま行き当たった。




