拾玖之拾陸 進行
私の身体が重すぎて交代を願い出た。
既に重いと思われてしまったので、リンリン様は手遅れと言ったと、頭の中で嫌な連想が巡る。
けど、私を見てクスリと笑った花ちゃんは「大丈夫ですよ」と言い放った。
全然大丈夫じゃ無いよと反射的に思いながらも、何故か上手く言葉になら無い。
そんな私に対して花ちゃんは「雅人君は白い鳥居を潜ると、身体から球魂が離れちゃって、意識の無くなった身体が倒れたりしたら、雅人君自身も、リンちゃんも危ないでしょう? だから、交代したんですよ」と説明してくれた。
「え……あ?」
飲み込むまでに少し時間は掛かったモノの、どうにか花ちゃんの説明を理解した私の頭に、リンリン様の右前足と声が降ってくる。
『主様、オリジンからの計測によると、車椅子の座席の沈み具合から見て、体重は先週と変わりないようじゃぞ』
花ちゃんの言葉よりも深く突き刺さったリンリン様の言葉に、思わず「何故、それを早く教えてくれないんですか!」と抗議してしまった。
対して、リンリン様は『主様が気にしていたからの。これでも急いで『オリジン』に問い合わせたのじゃ』と冷静に言われてしまう。
リンリン様はちゃんと行動してくれてたのに、揶揄われたという思い込みで抗議してしまった私は、心からの謝罪を込めて「ごめんなさい。リンリン様はちゃんとやってくれてたのに……あと、ありがとうございます」と伝えた。
ポンポンと私の頭を叩いてからリンリン様は『主様の役に立てたなら幸いじゃ』と言ってくれる。
きつく当たった私を許してくれただけで無く、気遣ってくれる姿に感動して、心がポカポカしてくるのを感じながら、改めて自分の体に視線を向けた。
「特に問題なさそううですね」
自分の頬を突きながら、その柔らかさに、皆が突いたり、那美ちゃんみたいに横に引っ張りたがる気持ちがわかって締まった。
そんな私の様子を見ていた花ちゃんが「やはり、こちらの世界だと自分の体に入ることは出来ないみたいですね」と口にする。
花ちゃんにそう言われて、確かにそうだと私は手を打った。
「この神世界では、元の身体に神格姿で触れることは出来る一方で、身体に入り込むことは出来ない……少し不思議な感じがしますけど、この世界に足を踏み入れようとすると、自動的に球魂が身体から出てしまうことを考えると、当たり前なのかも知れませんね」
私の発言に、花ちゃんが頷いたところで、鳥居を潜った志緒ちゃんが普段の神格姿の姿で現れる。
「シャー君、魔除けの鈴、お願いできるかな?」
志緒ちゃんはこちらに近づきながら、シャー君に問い掛けた。
が、シャー君が答えを返すよりも早く、リンリン様が『いや、ここはわらわが使うのじゃ』と割って入る。
その上で、リンリン様は自分が立候補した理由を言い加えた。
『わらわは先ほどは待機状態で使っておらぬが、あやつはそうではないからの。念のための負荷の分散じゃ』
志緒ちゃんはリンリン様の話を聞いて軽く頷くと、シャー君に視線を向けて「リンリン様に頼んでもいいかな?」と尋ねる。
『問題ないシャー』
快く受け入れるシャー君と、ちゃんと言葉で意思疎通を図っている志緒ちゃんの姿に、私は素直に偉いなと思ってしまった。
二人の姿に、自分も心掛けようと思った直後、頭の上に座るリンリン様がポンポンと私の頭を叩く。
完全に立場というか、年長者の立場で行動されているなと思わず苦笑いを浮かべた私の頭の上で、リンリン様が四本の足で立ち上がった。
『それでは用意は良いかの?』
志緒ちゃんは頷きながら「いつでも良いですよ!」と答える。
直後、頭の上でリンリン様の気配が急激に大きくなるのを感じた。
このまま、私の頭の上で使うのと驚きの声を上げるよりも早く、高く済んだ鈴の音が響き渡る。
その音を聞いた瞬間、身体全体が一気に熱を増した。
身体が熱いと思った直後、今度は全身から外側に向けてその熱が放出されるような感覚が起こる。
更には急にぐぐっと視点が上に持ち上がった。
何故そんなことがと考えた私はすぐに、リンリン様の魔除けの鈴のエネルギーを受けて、自分にもパワーアップが起こったのだと理解する。
と、同時に自分の視点が変わったのは身体が大きく成長したからでは無いかと考え、手を目の前まで持ち上げてみたのだけど、直前の子供の手のままだった。
代わりに、というのは少し変かもしれないけど、持ち上げた腕には豪奢な飾りの施された色彩鮮やかな着物が掛かっている。
更に足下を見れば、太ももから下、くるぶしまでが露出していて、足先、くるぶし辺りから下は真っ白な旅に包まれていた。
元々は簡素な草履だった足下は赤い鼻緒のついた漆塗りを思わせる黒く光沢のある木製らしき、かなり高さのある下駄に変わっている。
これのせいで、私の視点が高くなったのかと理解した瞬間、私の身体は腕ごと拘束されてしまった。
「へっ!?」
驚きで声を漏らした私はともかく状況を把握しようと思ったのだけど、間近で聞こえる花ちゃんの「花魁風のリンちゃん可愛すぎる~」と言う声で悟る。
身動きがとれなくなったのは、パワーアップした私の姿を見て花ちゃんが抱き付いてきたからで、それならば危険は無いだろうと私はホッと息を吐き出した。




