拾玖之拾伍 大問題
目を閉じているせいもあって、大地を踏んだ足の次に感覚が感じ取れたのは鼻だった。
桃の花と若い瑞々しい草の匂いが鼻を刺激してくる。
無事、桃源郷に到達したことを感じ取って、私はゆっくりと目を開いた。
ふわりと吹く風が、桃の花が舞わせ、私の髪も揺らしている。
視界に揺れる私の髪は銀色に変わっていた。
耳の位置も元も目の横から、頭の上へと移っている。
キツネ人間の姿になっているのはどうやら間違いなさそうだ。
衣装は東雲先輩の衣装に近い、上衣と袴の組み合わせになっているが、磯は白一色となっている。
『主様』
名前を呼ばれて足下に視線を落とした直後、リンリン様が私へと飛んだ。
軽やかな動きで、腕、肩と飛び、定位置の私の頭の上に着地したリンリン様は『主様は、狐耳がある時の頭が一番座り心地が良いのじゃ』と言い放って座り込む。
もう慣れてしまったのもあって「リンリン様が喜んでくれるなら、狐の耳も意味があるかもね」と苦笑すると、突然シャー君経由で皆の声が飛んできた。
『リンちゃん! 舞花だって、リンちゃんの狐さんの耳、可愛くて良いと思うよ!!』
『そうね。ユイも似合ってて可愛いと思うわ』
『もふもふしてて、可愛いよねー』
舞花ちゃん、結花ちゃん、志緒ちゃんと、ほぼ同時に狐の耳に対する肯定的な感想を並べられて、私はなんだか照れくさくなって「あ、ありがとう」と返すだけでいっぱいいっぱいになってしまう。
訳もわからず身体が火照ってきたことに戸惑っていると、那美ちゃんが『それじゃあ、リンちゃんの身体が入れるか試してみましょ~』と次にすべきことを示してくれた。
次の行動が示されたことで、自分の身体の妙な反応に翻弄されている場合じゃ無いと、気持ちを改められたお陰か「そうですね」と切り返した時には、かなり普段通りに戻ることに成功する。
直後、私の車椅子を押してくれる予定の東雲先輩から『それじゃあ、何か違和感とかあれば、すぐに教えてくれ』という声が届いた。
桃源郷側にはモニターの類いはないので、自分の目で確かめるか、リンリン様やシャー君経由で情報を貰うしか無かった。
リンリン様からの情報によると、既に東雲先輩は車椅子を押して、白の鳥居の前に移動を終えているらしい。
このまま白い鳥居を潜って、私の身体を桃源郷に入れられるかを確かめるんだけど、ジッと白い鳥居を見詰めている内に、身体が弾かれたりしないだろうかという不安に加えて、自分の身体顔真岡ったらどうしようという不安が湧いてきた。
車椅子なので、多少は運びやすいかもしれないけど、神格姿の獲得によって、今の少女の姿にはなっているし、その時の身体測定では、身長同様体重も軽くなっている。
けど、元々は成人男性の身体なのだ。
那美ちゃんによって、林田先生と分離されてしまった時に、もしかしたら体重が元に戻っているかもしれない。
よく思い返してみると、自分の身長や体重がどうなっているか、分離してからマット宅確認していないことに、今、ここで気が付いてしまった。
一番気持ちが楽なのは、自分自身が押してくることだけど、これはどうやっても無理だし、そうなると残るメンバーで、私の次に心穏やかになれるのはと考えた私の頭に花ちゃんの姿が浮かび上がる。
事情を知っているし、そもそも神世界へ入っても、球魂が抜けたりしない大人の花ちゃんなら、適任じゃ無いかと今更ながらに気が付いた。
けど、私の行動は周回遅れだったらしく、頭の上のリンリン様が『もう手遅れのようじゃ、主様』と頭を叩いてくる。
直後、車椅子の先頭部、足を乗せるステップが白い鳥居をくぐり抜けて顔を覗かせた。
ゆっくりと白い鳥居から車椅子とそれに乗せられた私の身体が入ってくる光景は、頭で状況は理解しているにも拘わらず、不思議な感覚があった。
客観的に自分の目を見るというのは、動画や写真を見れば擬似的には出来なくも無いだろうけど、こうして神格姿の状態とはいえ、肉眼で捉えるのは、球魂の時に見た時とはまた違って見える。
精巧な自分の人形を見ているような感覚で観察していると、身体のほとんどが白い鳥居をくぐり抜けたところでピタリと停車した。
「あれ?」
思わず声を出してしまった私の頭の中では、薄れていた身体重い説が急浮上急拡大してくる。
『大丈夫じゃ、落ち着くのじゃ』
「で、でも、リンリン様」
フォローしてくれるリンリン様の言葉は嬉しかったものの、大丈夫の根拠がわからずに、私の中の動揺が収まることは無かった。
そんな私の頭をポンポンと叩いたリンリン様は『ほれ、動き出したのじゃ』と言う。
促されるままに視線を車椅子に向けると、確かにゆっくりと動き出していた。
通りきってなかった車椅子が完全に通り抜ける。
だが、私の身体が乗る車椅子を押して白い鳥居をくぐり抜けてきたのは花ちゃんだった。
「あれ? 花ちゃん!?」
思わず大きめの声を発してしまった私に「そうですよ~」と、片手でブレーキを握りながら空いた手でこちらに手を振る。
東雲先輩じゃ無かったことに、私は驚愕しながら「な……ぜ?」と声を漏らした。




