拾玖之伍 対話
諦め故か、林田先生の身体から出現した球魂は躊躇いなくゲートをくぐり抜けた。
先に通り抜けていた舞花ちゃんの求婚が、神格姿の姿を取り戻し、見慣れた水色のドレス姿ヘと変わる。
その後にくぐり抜けた球魂は魔法使いスタイルの那美ちゃんへと姿を変え、次いで東雲先輩がゲートを潜ってこちらに戻ってきた。
ステラとシャー君もその後に続き、現場にはドローン、リンリン様、そして林田先生が取り残される。
身体の周りを氷で覆われた林田先生には、ゲートが閉じる直前に、結花ちゃんから炎が放たれ、桃源郷の那美ちゃんと同じように解凍が開始され、その頭にはリンリン様が陣取りいざという時のために『魔除けの鈴』発動待機状態に入った。
桃源郷に入れたらどうなるかわからない林田先生を現場に残す判断は意見の分かれるところだとは思うだけど、志緒ちゃん……というよりも『オリジン』の予測による判断なので、一番問題が起きない方法なのでは無いかと思う。
徐々に体を拘束していた氷が溶かされていき、林田先生の身体はゆっくりと間近の気により掛かるようにして地面に座る姿勢に変わっていった。
頭の上にはリンリン様が飛び乗り、継続して『魔除けの鈴』の発動準備状態を維持している。
その頭の持ち主である林田先生自体は、意識がまるで内容で目を閉じたままで、身体を包む氷がほぼ溶けても尚動き出すことは無かった。
林田先生の監視と身の安全の確保は、リンリン様に委ねることにして、私たちは那美ちゃんから話を聞くことにした。
ドローンの案内で、林田先生の元に雪子学校長と月子先生が向かってくれることになったので、アチラは任せて大丈夫というのが大きい。
一方、白い鳥居の世界、桃源郷には、なんともいえない空気が漂っていた。
既にパワーアップが解けている結花ちゃんと舞花ちゃんの前に、パワーアップ状態を維持している東雲先輩と志緒ちゃんが護るように立ち、その視線先では自分の身体を確認している神格姿の魔女姿になった那美ちゃんがしゃがみ込んでいる。
誰一人しゃべっていないのもあって、妙な緊張感が満ちていた。
『自分の身体に神格姿で触るのは、不思議な感じね』
那美ちゃんが立ち上がりながら発した言葉に、いつもの間延びした言い回しは無かった。
いつもと違うというだけで、警戒を強めるには十分な理由であり、いくつもの修羅場を越えてきている桃源郷の四人は僅かな身じろぎも見せずに那美ちゃんを、その動きを見詰めている。
『誰か、お話ししましょう?』
首を傾げながら言う那美ちゃんに、四人は反応しなかった。
『困ったわね』
演技のようにも見える溜め息を零した那美ちゃんは、白い鳥居の方へ視線を向ける。
『この特殊な神世界を作ったのは凛花ちゃんでしょう? 挨拶に行っちゃおうかしら』
そう言いながら、右手の人差し指を真っ直ぐに伸ばした那美ちゃんはしなやかな動きで指を振った。
すると、那美ちゃんの身体はふわりと舞い上がり、白い鳥居に向けて移動を開始する。
『待て、那美!』
強めの口調で東雲先輩が一歩前に出ながら制止を掛けた。
東雲先輩に振り返りながら、軽く手を振ると、白い鳥居に向かっていた那美ちゃんの身体が空中で制止する。
『お話しする気になってくれたの? 騎士様』
見ているだけで呑まれてしまいそうな怪しげな笑みを浮かべた那美ちゃんを前に、その視線からマイちゃんや結花ちゃんを庇うように、東雲先輩は更に前に歩み出た。
『私は、状況を説明してくれれば、それで良いのよ。この世界の仕組みやルールもわかっていないから、無茶をする気は今は無いしね』
東雲先輩に向き直り指を振るった那美ちゃんはその手の中に、愛用の杖を出現させた。
それとほぼ同じタイミングで宙に浮かんでいた那美ちゃんの身体はゆっくりと地面に降りる。
『魔法が使えるのは、確認出来たから、良ければ私の知らないことを教えて貰える?』
那美ちゃんの問い掛けに、東雲先輩は『答えられることなら』と返した。
『じゃあ、さっきの質問……ここは凛花ちゃんが作った世界よね?』
確認する意味合いが強いと感じられる那美ちゃんの問い掛けに、東雲先輩はチラリと志緒ちゃんを見る。
志緒ちゃんは一度目を閉じてから、一歩前に出て『この空間は白い鳥居から繋がる『神世界』に似て非なる場所だって『オリジン』は判断している……その起点である白い鳥居は、なっちゃんの想像通り、リンちゃんが作ったモノだよ』と説明した。
対して、那美ちゃんはほんのわずかに笑みを深めた後で『そう』と呟く。
直後、真顔になった那美ちゃんは『想像の力は林田先生が奪ったはずなのに、どうしてそんなことが出来るのかしら?』と言い放った。
そう口にした那美ちゃんの顔は無表情に近いのにも関わらず、モニター越しでも苛立ちというか、怒りを纏っていると感じさせる迫力が感じられる。
私と同じものを感じとったのであろう東雲先輩と志緒ちゃんは、後ろの舞花ちゃんと結花ちゃんを庇うように無言で更に前に出た。




