拾玖之参 リミット
『林田先生って骨折で入院してたんだよな……』
東雲先輩が思わずと言った感じでそう声を漏らしてしまうほど、林田先生の動きが予想外だった。
私を含め、どうするのかと、各々が思ったと思う。
けど、それよりも早く『オリジン』からの警告が発せられた。
『間もなくゲートが消失します!』
その報告を耳にした志緒ちゃんが即座に判断を下す。
『まーちゃんは戻って、シャー君とリンリン様はそのまま現場で追跡を!』
志緒ちゃんの下した判断に反論の声は上がること無く、三者はその指示に従って行動を開始した。
シャー君は一気に高度を上げて森から飛び出すと上空から那美ちゃんたちを追い掛ける。
映像では暗い森の木々しか見えていないが、シャー君にはその一が把握出来ているようだ。
リンリン様の方は一端『魔除けの鈴』の待機状態を解除し、そのまま木々の中を駆けだしたのが、シャー君の森を抜けるまでの映像に映る。
恐らく、そのまま森の中を駆けて追い掛けてくれているはずだ。
一方の東雲先輩は、ゲートから帰還した姿を、桃源郷に待機しているドローンが捉える。
間もなく舞花ちゃんが開けてくれたゲートが消失した。
『ゴメン。なっちゃんと林田先生を止められなかった』
申し訳なさそうな顔で頭を下げた志緒ちゃんに、不満を言う者は一人もいなかった。
確かに、作戦指揮を執っていたのは志緒ちゃんだったけど、責任があるとは誰も思っていないんだと思う。
それを示すように、花ちゃんが「謝罪や反省は後にしましょう。林田先生の動きは想定以上でした。これは仕方がありません。それよりも、この後、どう動くかが問題です」と言い切った。
花ちゃんの発言に続いた結花ちゃんは「それで……蜂型ドローンは林田先生を刺せそうなの?」と前置き無しに、画面の向こうの志緒ちゃんに問う。
頭を上げた志緒ちゃんは『今の動きから、林田先生に出来そうな動きは全て計算し終えたから、次は間髪置かずに刺せるわ』と断言した。
が、すぐに渋い顔で『アレが全力ならだけどね』と志緒ちゃんは言い加える。
空気が悪くなりそうな気配を、東雲先輩の発言が破った。
『次は俺も問答無用で足を止める方向で動く。そうすれば、想定以上でも対処出来るはずだ』
東雲先輩の発言に対して、志緒ちゃんは『お願い』と返す。
このまま、微調整をして再度作戦を実行するのだと私が考えたところで、気になる呟きが放たれた。
『それにしても、なっちゃん。まーちゃんが目の前に出てきても反応が無かったよね』
舞花ちゃんの呟きに、私は思わず間近にいた結花ちゃん、花ちゃんと顔を見合わせる。
「こっちの乱入を予測していたから、平気だったとかですかね?」
急に目前に人が現れれば、反応してしまうのは当然だが、それが舞花ちゃんの言うように那美ちゃんに無かったのなら、既に心構えが出来ていたと考えるのが視線じゃ無いかと思ってそう口にした。
花ちゃんも、結花ちゃんも、私の考えに対して、同意も反論もしない。
そのまま僅かな沈黙の時間を挟んで、モニター越しに志緒ちゃんが『ちょっと、皆確認して貰えるかな』と良い駆けてきた。
言われるままモニターを見ると、そこには林田先生に抱きかかえられた那美ちゃんの姿が映し出されている。
『目を閉じているのがわかる? 寝ているのに近い状態じゃ無いかなって思うんだけど、どうかな?』
志緒ちゃんの発言に『那美が眠らされているって事か? 林田先生が誘拐した?』と東雲先輩が首を傾げた。
対して志緒ちゃんは『その可能性もあるけど……』と返す。
一端区切られた話の先を催促するように、東雲先輩は『けど?』と尋ねた。
『洗脳じゃ無くて、憑依だったりして』
冗談を言うような口ぶりで言う志緒ちゃんだったが、その言葉に即座に反応出来る者はいない。
むしろ、そうだった場合を考えてしまった結果、不用意に発言出来なくなってしまったのだ。
蜂型ドローンで投与出来る薬はあくまで洗脳薬で、身体の動きを止めるモノではない。
つまり、憑依……意識なり球魂なりを林田先生の身体に送り込んで操っているのなら、洗脳薬で林田先生の動きを止められるかが怪しくなるのだ。
那美ちゃんの魔法と私の薬の一騎打ちになるのかもしれないけど、そもそも蜂型ドローンの薬が無効な可能性が出てきたということでもある。
「これは、作戦を組み立て直した方が良いかもしれませんね」
私の提案に対して、モニター越しに頷いた志緒ちゃんは『実力行使で確実に止める……しかないかな』と口にして渋い顔をして見せた。
そんな志緒ちゃんの言葉を聞いた直後、東雲先輩が『それじゃあ、すぐに掛かろう。舞花、水と氷で林田先生を捕まえてくれ。後は俺が力ずくで白い鳥居の世界に全員を放り込む』とさっくりした作戦をまとめる。
東雲先輩が慌てて作戦を組んだのには理由があった。
先ほどから『オリジン』が、那美ちゃん達が目標にしている『黒境』に到達した場合、何が起こるかわからないという警告を発しているのである。
私たちに残された時間は、そう多くはなかった。




