拾玖之弐 接触
『それじゃあ、最後の一本以外を刺しておこう』
『うん』
モニター越しに志緒ちゃんと舞花ちゃんのやりとりが聞こえてきた。
猫スーツ姿の志緒ちゃんの指示に従って、ドレスが替わった舞花ちゃんがふわりと舞い上がりながら四季の箸を冬、秋、夏と指していく。
舞花ちゃんと結花ちゃんのパワーアップした姿は、お姫様ドレスからバレエの衣装のようなレオタードにチュチュを履いたようなスタイルになっていた。
パワーアップで露出が増えるというのもちょっとビックリしたけど、二人の感覚では火力増強の方向で力を増しているらしい。
ただ、露出が増えた足は純白のタイツに包まれていて、舞花ちゃんのものには、銀糸で水を連想させる波紋や飛沫を図案化した模様の刺繍が施されていた。
一方、結花ちゃんのタイツには金糸で、炎を思わせる支障が施されている。
舞花ちゃんのタイツは足先に向かう程水色が増すグラデーションになっていて、結花ちゃんはそれがオレンジに近い赤になっていた。
二人のレオタード風の意匠にも、銀糸と金糸でそれぞれ似たような紋様が描かれ、スパンコールやビーズのようなキラキラした飾りも施されていて、底を見るとフィギュアスケーターの衣装にも見える。
私が観察している間にも作業を続けていた舞花ちゃんは、三膳目を突き刺して、最後の一善を手に大きく息を吐き出した。
『それじゃあ、ユイはリンちゃんと花ちゃんのところに行くわ。頑張ってね、マイ』
結花ちゃんがそう声を掛けると、舞花ちゃんは『うん。お互い頑張ろうね、お姉ちゃん』と少し硬く見える笑みを浮かべて頷く。
そのタイミングで『オリジン』のカウントダウンが残り二分を告げた。
「そろそろね」
桃源郷からパワーアップした神格姿の姿でやってきた結花ちゃんは、到着するなりすぐにモニターに視線を向けた。
「あ~くぅ~、う~~」
突然、横に居た花ちゃんが謎の呻き声を上げ出す。
その後、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で「我慢」を繰り返し呪文のように唱えだした。
恐らく、間近で見た結花ちゃん延べレリーナ風の衣装にテンションが上がってしまったのだろうけど、もう残すところ一分を切っているので、自重しているんだと思う。
ここで変に触れてややこしくするというか、作戦に支障をきたすわけにはいかないので、花ちゃんはスルーして結花ちゃんに「絶対大丈夫ですよ」と告げた。
私を見た結花ちゃんは少し意外そうな顔をしてから「勝利の女神様が言うなら、間違いなさそうね」と悪戯っぽく笑う。
「しょ……」
突然の勝利の女神呼ばわりに抗議したいところだけど、余計なことに時間の割いているわけにはいかないので、流して「と、ともかく、今は集中しましょう」と返して、私もモニターに集中した。
残り十秒を切ったところで、私の緊張は最高潮に高まっていた。
身体が硬くなっているのを感じて、少しでも緊張をほぐすために深呼吸をする。
そんな私と違って、横に立つ結花ちゃんは身構えた状態を保ちながらも、適度に力を抜いているように感じる姿勢でモニターを注視していた。
歴戦を感じさせる姿勢に私も結花ちゃんを参考にしながら、モニターに向き合う。
そんなモニターの中では、舞花ちゃんが最後の一膳を刺すところだった。
志緒ちゃんの指示に、慎重に舞花ちゃんは箸を近づけ、突入する東雲先輩、シャー君、そして『魔除けの鈴』の待機状態に入ったリンリン様が今すぐにでも飛び出せる姿勢取っている。
カウントダウンが残り5秒を切り、志緒ちゃんと舞花ちゃんが頷き合った直後、最後の箸が突き刺された。
四膳の箸同士を結んで出来る長方形を浮かび上がらせるように、光る直線が走り、内側が黒一色に塗りつぶされる。
後ろに飛びようにしてゲートから志緒ちゃんと舞花ちゃんが距離を取り、東雲先輩、シャー君がほぼ同時に、そして二人の後からリンリン様が開かれたゲートへと飛び込んでいった。
モニターの一つ、シャー君の視点映像が黒一色に塗りつぶされた後、薄暗い森の中の映像に切り替わる。
素早くその場で一回転して周囲を補足したシャー君が、少し先に人影を確認した。
直後、東雲先輩が人影に向けて駆けだしたのが映る。
シャー君は東雲先輩を追わず、弧を描くように横向きに動いて、森の中の人影との接触をしっかりと映し出した。
やはりというか、森の中の人影は、那美ちゃんと林田先生で、妄想したような謎の飛行形態に変身したりはしていない。
那美ちゃんを横抱きにして森の中を駆けていたようだ。
モニター越しではその程度しかわからないけど、そんな観察をする間もなく、東雲先輩は那美ちゃんを奪おうと手を伸ばす。
林田先生は普通の人間では反応も出来そうに無い東雲先輩の動きをしっかりと読み切ったとわかる最低限の動きで、伸びてくる腕を躱しきった。
後ろに飛んで距離を取った林田先生は、より強く自分に身体が密着するように那美ちゃんを抱きしめると、更に後ろに飛んで、大木に重力を無視しているのかのように横向きに着地する。
次の瞬間、大木を足場にした林田先生は、東雲先輩の横を擦り抜けるように飛び去った。




