拾捌之拾弐 知るとは
志緒ちゃんから出た『政府』という言葉を耳にしたタイミングで、私は思わず花ちゃんを見てしまった。
私の視線に気付いた花ちゃんは、バツが悪そうに苦笑を浮かべる。
その後で大きく溜め息を零してから花ちゃんは「余計な誤解やすれ違いが起きないように、はっきり言いますね」と宣言した。
「まず、皆に改めて覚えて欲しいことは、私や、雪子お姉ちゃん、月子お姉ちゃんもそうですが、全ての情報を知っているわけじゃ無いということです……その、役職による権限があるので、ウチでは雪子お姉ちゃんが一番いろんな事を知っていると思います」
そこで一端は梨を切った花ちゃんは、苦笑しながら「ただ……もしかすると『オリジン』の方が、私よりも情報を得ている可能性がありますね」と言い加える。
確かに『オリジン』はスーパーコンピュータ級の演算能力や情報収集力を持つ上に、天才球の思考力を持ったAIが搭載されているので、情報の収集・分析力では、人間など追いつかないというのは簡単に想像がつくことだ。
作戦立案こそ、志緒ちゃんや東雲先輩の人間の発想も加わっているけど、その話し合いの場に必要な情報を揃えているのは『オリジン』に他ならない。
そう考えると、花ちゃんの言うとおり、情報を一番握っているのは『オリジン』というのはあり得る話だ。
私がそんな風に思考を巡らせて、納得に着地したところで、タイミング良く花ちゃんが話を再開する。
「はっきり言ってしまいますが、なっちゃんが向かった『黒境』で何らかの事件が起こったことは知っています。そして、その際に通達された『上』からの指示で、私たち職員や生徒は、近づかないようにという指示を受けた……それだけです」
花ちゃんの見せる表情は、普段よりも暗めで、ウソや誤魔化しをしているようには感じなかった。
つまり、言葉通り那美ちゃんの向かう先で起きている異変の詳細を、少なくとも花ちゃんは知らないんだと思う。
「……雪子お姉ちゃんや月子お姉ちゃんは、その禁止地域に、なっちゃん達が近づいているので、引き留めに行ったと、私は理解していました」
花ちゃんの発言に対して、志緒ちゃんは『じゃあ、花ちゃんでも、なっちゃんが向かっている『黒境』の状態に対する詳細は知らないってことね?』と、確認の問いを掛けた。
「余り役に立てないのが心苦しいですけど、そうなりますね」
申し訳なさそうに言う花ちゃんに、舞花ちゃんが「花ちゃんのせいじゃないよ。知らないのは仕方ないよ。だって教えて貰えないんだもんね?」と声を掛ける。
花ちゃんは「それはそうなんですけど、今の皆の頑張りを見ていると、もっと疑問を持って行動を起こしておくべきだったなと思ってしまうんですよね」と弱々しい笑みを浮かべた。
弱々しい花ちゃんの笑みに何かを感じた私は、思わず「それはダメだよ!」と口にする。
私は、皆の視線が集まってきて、言い難くなる前に避退した理由を続けた。
「花ちゃんも組織に身を置いている以上、知っておかなければいけない情報と知ってはいけない情報がある……だから、必要も無いのに調べるのは危険だと思う」
私が今想定している内容は、個人情報の話だけど、ここならもっと上の、知ってしまったら何をされるかわからない情報もありうるのでは無いかとも思っている。
神様を生み出そうなんて一派が、まともな手段を使ってくるとは限らないし、那美ちゃんだって正攻法で救援出来るのならこんな無茶な手段はとらなかったはずだ。
私の発言に、皆がどう思ったのか、少しの間沈黙が場を支配する。
その沈黙を破ったのは志緒ちゃんだった。
『好奇心は猫を殺すって、ヤツね』
顎に手を当てながら志緒ちゃんが呟いた言葉に対して、東雲先輩が『……無くは無いと思えてしまうのが、嫌なところだな』と不快そうな顔で頭を掻く。
そんな二人の様子を見て「えっと……」と私の方を見た舞花ちゃんに、私は笑顔を繕ってから「漫画とかで……お前は知りすぎたんだ……みたいなシーンあるでしょ?」と伝えると一気に顔色が青くなってしまった。
「え!? 花ちゃん危ないの? ね、狙われてる?」
動揺した様子でパニックになりかけている舞花ちゃんを、結花ちゃんの『マイ!』という鋭い声が止める。
「お、お姉ちゃん……」
驚きと戸惑いの混ざった顔で、舞花ちゃんがタブレットの中の結花ちゃんを見た。
『花ちゃんに、もしも何かあったら、皆、嫌よ。だから、私たち全員で護る……そうでしょ?』
「え、あ……うん」
結花ちゃんの言葉に、落ち着きを取り戻し、結花ちゃんは力強く頷く。
『それに、まだ、そうなっていないし、もしかしたら怒られるだけかもしれないし、何も無いかもしれないわ』
最悪の事態の対処に続いて、結花ちゃんは柔らかな口調で、それよりもマシな現状と予測出来うる範囲の近い将来を言葉にした。
『もし花ちゃんが怒られそうになったら、皆で協力して護るわよ』
結花ちゃんの力強い言葉に、舞花ちゃんもすぐに「うん!」と返す。
二人のやりとりのお陰で、私もそれしかないと覚悟を決めることが出来た。
ともかく、花ちゃんが現状について知らないこと、知ることで何か花ちゃんの被害が生じるなら、皆で協力して対処すること、しっかりと申し合わせたわけでは無いけど、私たちは皆心の内で同意したと思う。
ただ、花ちゃんだけが「皆に護って貰えるなんて、嬉しくも申し訳ない複雑な気分になりますね」と冗談めかした言葉を呟いた。




