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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第壱章 教師赴任
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壱之陸 廊下からの視線

「こちらが林田先生のお部屋です」

 学校長室を離れ、花子さんに案内して貰ったのは、玄関のほぼ真上に当たる部屋だった。

 ドアの上に黒い板が嵌められていて、201『林田先生』と記されている。

 そちらに視線を向けていると、カチャリという音が下の方からしたので、そちらに視線を向けると、随分古めかしい金属の鍵で花子さんが部屋の鍵を開けてくれたところだった。

「はい。こちらが先生のお部屋の鍵です」

 僕の視線に気が付いたのか、花子さんは手にしていた鍵をそのまま僕に差し出してくる。

 最早ドラマでしかお目にかかれないような、細長い棒の先に、鍵の形に合わせて穴が抜かれている四角い板が取り付けてある鍵に、僕は思わずテンションが高くなった。

「ありがとうございます!」

 変に声が上擦ってしまったが、それほどに年代物のアイテムを手に出来たのが僕には嬉しい。

 そんなウキウキした気持ちのまま、これまた目にしなくなった電球のような丸いノブに手を伸ばした。

 手の平から伝わってくるひんやりとした金属の感触が、僕の背筋をゾクゾクさせてくる。

「すごい、貴重な感触ですね」

 僕は自分の素直な感想を口にしただけだったのだが、花子さんには嫌みに聞こえてしまったらしく苦笑されてしまった。

「建物と同じ頃のものなので、古くて使いにくいかも知れませんね」

「あ、違いますよ、僕はこういった歴史を感じるものに目がないんです! むしろ感動すら覚えてます!」

 僕の答えは予想外だったのか、花子さんは目を丸くして「まあ」と声を上げる。

 それからクスクスと笑って「それならば、気に入って頂けるかも知れませんね」と口にして僕が話したドアを回してゆっくりと扉を開けてくれた。

 年季の籠もった独特の古い木材の匂いと、新しいたたみの匂いが最初に鼻に届く。

「畳の匂い……」

「ええ、林田先生が来られる前に、新しい畳にしておいたんですよ」

 完全に扉が開かれると、板張りの廊下があって、その先に真綿らしい緑色の畳が引かれた和室が目に入った。

「ああ、畳は良いですよね」

 最近のアパートは畳を使っている部屋が少ないこともあって、それだけで僕はときめいてしまう。

 こだわる人だと、和室の窓が洋風なので、違和感を覚えるかも知れないが、折衷具合が僕には溜まらなかった。

 文化を受け入れ変容することこそが日本のしたたかさであり、柔軟さであり、特色であると僕は思っているので、むしろこれこそが良いと言える。

 僕は興奮のままに花子さんを置き去りにして、靴を手を使わずに脱ぎ捨てると、板張りの廊下に一歩踏み出した。

 すると、僕の体重を受けて、ギシッと板がなる。

 それだけで、舞い上がりそうだが、ここはその感情をギュッと押し込めた。

 花子さんに見られているというのもあるのだが、それよりも後ろ、廊下の影からこちらを除く気配がする。

 一人なら雪子学校長かも知れないと思ったが、複数の目線に感じられるので、恐らく僕が受け持つことになる生徒達だろうと推測した。

 と、なると、始めから奇行を見せるわけにはいかない。

 僕は冷静な大人を演じる為、軽く咳払いをしてから、花子さんに尋ねた。

「あー、僕の荷物は……」

 花子さんは僕の問いに頷くと、部屋の奥を手出しましながらそう答えてくれる。

「畳の部屋の奥に板の間がありまして、そちらに置かせて貰っています」

 僕が咳払いをして声を整えたので、恐らく子供達を意識しての行動だと察しているのだ。

 でも、敢えて指摘しない花子さんに優しさを感じつつ、スマートな大人の演技を続ける。

「ありがとうございます。重くはなかったですか?」

 ここは二階の部屋で、普通の宅配なら玄関に荷物を置いていってしまうだろうからと、考えたのだが、そんなことはなかったようだ。

「ここは大人の男手がありませんでしたから、業者さんが運んでくださったんですよ」

 ニコニコという花子さんだが、大人の男手がいないという言葉の方が僕には気になる。

 大人の男手がなかったということは、力仕事は僕が頑張らねばと思うと同時に、この山奥で危険と遭遇した場合、奮起するのは僕の務めだと勝手に決めた。

「これからは力仕事は僕に任せてください」

 胸に手を当ててできるだけ紳士にそう伝えると、花子さんは笑顔のままで「はい、お願いしますね」と返してくれる。

 それだけで、僕の中に勇気とやる気が漲った。


「ところで、子供達に挨拶は出来ますか?」

 入り口の先の廊下の影に視線を向けて花子さんにそう尋ねると、うふふと笑って「やっぱり気付いてらしたんですね」と口にした。

 そこで、許可が出るものだと思っていたのだけど、花子さんは軽く左右に首を振る。

「ごめんなさい。子供達と言葉を交わすのは、一学期の始業式の日にしてください」

「え?」

 花子さんの言葉に、僕は「何故?」と聞き返してしまった。

 そんな僕の問い掛けに花子さんは申し訳なさそうな顔で、一言「決まりなので」と答える。

 表情や態度から花子さんに、それ以上は教える気配がないことを感じ取った僕は、諦めることにした。

「それじゃあ、始業式の日を楽しみにすることにします」

 僕の言葉に花子さんはホッとしたような顔をみせる。

 そこで、僕は一つの事に気が付いた。

 僕は気配で子供達の存在に気が付いたが、向こうはそもそも新しい教師の僕を観察する為に隠れてみている。

 当然、僕達の会話も聞いているし、注目しているに違いなかった。

 子供達が僕に興味を示してくれるというのはあまりにも楽観的な見方で、新たな教師に対する不安から人となりを観察しているのだろう。

 そもそも、雪子学校長も少し触れていたことだが、ここにいる子供達は、幼くして寮生活をしなければいけないような特殊な家庭環境にあるのだ。

 顔見せ程度の挨拶でも、不用意に傷つけてしまうことを僕が口にしてしまうかも知れない。

 ようやくその事に辿り着くと、花子さんが口にした『決まり』というのも、廊下で聞き耳を立てているであろう子供達への配慮だろうと想像がついた。

 必要以上に、気を回すべき子供達なんだと再認識すると同時に、教授が専任者が逃げ出すと言っていたのを思い出す。

 そして、初任にしてはなかなかハードな職場だと苦笑してしまいそうなる一方で、確かな歯ごたえを覚えて気合が入るのを僕は自覚した。

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