拾漆之参拾陸 暴走
秋、夏、春と残る四季の箸を志緒ちゃんは順番に打ち込んでいった。
パワーアップした志緒ちゃんの衣装は、正確に打ち込むという作業においてはこれ以上無い性能を発揮している。
タブレットに表示される『オリジン』の解説によれば、目標位置からコンマ数ミリの誤差もなく打ち込めているらしいかった。
そして、四本の四季の箸を突き刺せたということは、ゲートが開けるという事である。
ステラときらりの捉える映像の中で、黒い四角の長方形状のゲートが展開した直後、黒い電脳猫となった志緒ちゃんが飛び出てきた。
『お~~~スゴイ、神格姿のまま、出られちゃった!』
楽しそうな志緒ちゃんの声が響く。
更に、勢いのまま飛び跳ねて、回転を加えたりと、かなりアクロバティックな動きを見せていた。
そんな志緒ちゃんに遅れてシャー君もこちらに戻ってくる。
リンリン様と同じように魔除けの鈴の待機状態を取っているようだけど、纏っているオーラはかなり少なく見えた。
すると、私の考えは全部筒抜けらしいリンリン様が頭の上から『主様の祈りが無いからの。力不足なのじゃろな』とその理由を説明してくれる。
「なるほど……」
私が頷くと、リンリン様は『あやつにとっては猫娘が大事な主人ゆえ、力不足は承知の上で、健気に力を振り絞っておるようじゃの』と言い加えた。
更に「まあ、わらわと違って、主様の加護が無いからの』と何故か勝ち誇っている。
とはいえ、シャー君が無理してるということなら、力になれないだろうかと考えた。
直後、映像の中のシャー君の輝きが増す。
「うぇっ!?」
想定外の反応の早さに、思わず間抜けな声が漏れたところで、頭上からリンリン様に『主様は本当に迂闊だの』と言われてしまった。
「……やっぱり、シャー君のオーラが増したのって、私が力になりたいと思ったから……ですか?」
私の問い掛けに、リンリン様は『だの』と短い言葉で肯定してきた。
まるで意図していなかったとは言え、すぐに影響が出るのなら、ちゃんと意識しなくては、迂闊と言われても否定出来ない。
「思ったよりも気持ちの影響を受けるんですね」
自分自身でも把握し切れていない自分の力を不思議に思っていると、リンリン様が『気をつけようと思うのは大事なことだの……制御出来るかは別としての』とか言い出した。
「ちょっと、リンリン様!? その言い方だと、私には制御出来ないみたいじゃないですか!」
私の抗議に対して、リンリン様は『事実の積み重ねから来る推論なのじゃからの……実際、主様もいざという時に気持ちをコントロールしきれる自信は無かろう?』と切り返してくる。
はっきりと問われてしまうと、確かに出来ると言い切れる程の自信は無く、結果、私は「うぐっ」と言葉を詰まらせることしか出来なかった。
『それじゃあ、私も……』
志緒ちゃんはそう言うと、なんと足場も無いのに、空に向かって駆け上がっていった。
「え、何、空飛んでる?」
私が疑問の声を言葉にすると、舞花ちゃんが「えっと……空気を瞬間的に固めて、一時的な足場にする……だったかな?」と首を傾げながら説明してくれる。
「えっと、それが今、志緒ちゃんがやってることだよね?」
私も舞花ちゃんも確信を持って会話しているわけではないので探り探りにどうしてもなってしまった。
ここで助けに入ってくれたのが結花ちゃんである。
「聞いた限りだけど、しーちゃんの好きな漫画の技に今やろうとしてるみたいなのがあるらしいわ」
「そうなんですね」
結花ちゃんに頷いた後で、大分高い所まで上昇した志緒ちゃんを見上げた。
プールの時に調子に乗って飛びすぎて『穢』と遭遇してしまった過去のやらかしが頭を過る。
その事で不安を覚えた私は、オーラや結界を目視出来るヴァイア達の視点を借りるために、タブレットの映像に視線を移した。
志緒ちゃんは私と違って、どうやらテンションが上がってても、ちゃんと自制が出来ているらしく、ドーム状に張られている結界のギリギリで上昇を止めていたらしい。
私と同じやら歌詞はなさそうだということに、安堵の溜め息を漏らした瞬間、志緒ちゃんの声が響いた。
『いくよ! 必殺!! 大天空流星脚!!!!』
掛け声と共に、身体の上下を反転させた志緒ちゃんはグッと足を縮めて、空中を蹴る。
とんでもない初速度で地表に向けて降下を開始した志緒ちゃんは、空中でくるりと一回転して、右足をピンと伸ばし、左足を折りたたむキックの姿勢を取った。
そのままグラウンドの中心、開いたままになっているゲート付近に急降下していく。
ここで、珍しく慌てた様子で東雲先輩が声を張り上げた。
「志緒ッ!! グラウンドにクレーターを作る気か!!!」
確かにそれが出来そうな勢いだし、そんな技も漫画にはありそうだと思った瞬間、私の脳裏に、本当に志緒ちゃんは暴走せず、自分を制御出来ているのかという疑問が浮かぶ。
そして、慌てる東雲先輩を見るに、勢いのままに、力を使ってみたいという衝動に志緒ちゃんが飲み込まれていたらと思った瞬間、目の前に作り出されるクレーターの姿と、その衝撃で起こるであろう飛散する土砂と風圧の嵐が脳裏に浮かんだ。




