参之弐拾肆 意外
現時点で、皆を魅了しているとして、もしそれが凝縮した状態で放たれてしまえば、与える影響がこれまでの比になら無いことは容易に想像出来た。
それ故にもしこの腕の数珠がなくなってしまったらと、想像で体が震える程怖い。
雪子学校長はそんな私に、直前よりも遙かに柔らかい声で話しかけてくれた。
「脅す形になってしまったが、君が危機感を持ってくれたのなら、恐らく大丈夫だと思う」
私は『大丈夫』の根拠が欲しくて、縋るように雪子学校長を見る。
「もし仮にそれでせき止められるなら、それは君の能力だ。そして、能力ならば、制御も出来る」
「……できます……か?」
能力だとした場合、現状では完全に把握出来ていない事もあって、自信がまったく湧いてこなかった。
対して雪子学校長は半笑いで答えを返してくる。
「おいおい。君はイメージだけで、変化を体得し、狐火を操り、稲妻を呼び寄せ、狐雨まで降らせているんだぞ?」
そう言われたが、いまいち自分が信用出来ないせいで、頷ける程には納得出来なかった。
雪子学校長は困り顔になって「まあ、それなら仕方が無い。特別講師を呼んでおこう」と言う。
「特別講師?」
私が瞬きをしつつ、オウム返しで尋ねれば、雪子学校長は笑みを深めて「色香……いや、精神操作系能力の第一人者だよ。安心して身を任せると良い」と言い切った。
その自信に満ちた雪子学校長の言葉に、私は素直に頷いたが『精神操作系』と評されたことが引っかかる。
言葉の印象もあるが、洗脳とかに近い能力を連想してしまったせいで、より一層自分の行動に気を配り、能力ならば制御体得に邁進せねばと、私は強く思った。
食堂に戻ると、皆の食事はだいたい終わりに差し掛かっていた。
那美さんが一番遅く、東雲先輩は既に終わって食後のお茶を飲んでいる。
舞花さん、結花さんは横並びで、それよりも花子さん、志緒さんが早い感じだった。
「あ、リンちゃん、おかえりー」
スッと上に手を伸ばした舞花さんが、こちらに気付くなり、大きく手を振ってくれる。
私も答えようと左手を挙げると、赤い数珠が視界に入った。
もしかしたら、これが効果を発揮して、舞花さんの反応が変わってしまうかも知れないという考えが頭を過ったが、私はそれを振り払うように手を振って気持ちを誤魔化す。
すると、私の手首の数珠に気付いたらしい那美さんが、頬に手を当てて、年上のお姉さんと見紛う笑みを浮かべつつ「あら、綺麗なお数珠ね」と口にした。
那美さんの言葉で私の左手の数珠に気付いた舞花さんが「あ、ほんとだ!」と私の手首の数珠を指さす。
すぐに反応を示した舞花さんとは対照的に、結花さんはじっと私の手首を見詰めてから「赤でかっこいいわね!」としみじみと感想を口にした。
言われて気付いたが、食器にしても勉強道具にしても、結花さんの持ち物には必ず赤が入っており、かっこいいというのは本心からの言葉なんだろう。
私としてはこれまでアクセサリーをしてきたことがないので、かなり何を言われるか不安だったが、受け入れて貰えた感があって、正直ホッとした。
「その腕輪は、火行を強めるものか……」
ポツリと呟くように発せられた東雲先輩の言葉に、私はどう答えたら良いのかわからず、すぐ後ろにいた雪子学校長に視線を向ける。
「卯木くんは、火を操る能力に資質がある。その力を安定させるためのものだ」
雪子学校長はスラスラとそう答えると、私を置いて自分の席まで進んで言ってしまった。
後に残った少し硬い表情の東雲先輩を、前に私は苦笑する。
「東雲先輩、心配してくれたんですね。ありがとうございます」
軽くお礼だけ伝えて、私は席に戻ることにした。
「リンちゃんの『神格姿』はどんな姿をしているの?」
舞花さんの質問に対して、答えを返したのは花子さんだった。
「あら、直接見る前に、聞いてしまっていいんですか?」
からかうような口調だったが、言われた側の舞花さんは「うぐっ」と言葉を詰まらせる。
そのままうんうん唸りだしてしまった。
どうしたモノかと舞花さんに掛ける言葉を考えていると、雪子学校長がパクパクと食事を勧めながら「昼食の時間が無くなるから、まず食べてしまいなさい」と促してくれる。
悩んでいる舞花さんを放置するのは気がひけるけど、正直お腹もすいているので「あの、決まったら言ってくださいね」とだけ告げて、私は食事を再開した。
食べ進めていくと、段々と那美さんのペースが上がっていることに気が付いた。
多分、私のペースに合わせてくれているんだろうと思う。
それもあからさまでは無く、意識しなければ気付かない程自然なので、那美さんに気のせいとか偶然と言われてしまったら、頷くしか無いかなと思った。
京一の目線では、那美さんはマイペースな人なんだろうなと思っていたけど、実際は周りに凄く注意を払っていて、しかも気付かれない程さりげなくフォローしてくれる頼れるお姉さんなんだなと思う。
そんなことを思っていると、那美さんの顔がこちらに向いて、私と視線がバッチリ交わった。
私の考えが伝わったのか、視線が合った直後に見た那美さんの笑みは、照れが多く含まれた年相応の可愛らしいもので、顔を見た瞬間、思わず頬が熱くなってしまう。
結局、恥ずかしさで居たたまれなくなった私には、これまで以上のスピードで口にご飯を送り込んで誤魔化すしか無かった。




