拾漆之弐拾陸 ゲート
『俺が言うのは、ふさわしくないとは思うが……今は魔除けの鈴を連発するべきじゃない……かもしれない』
普段きっぱりと言い切る傾向が強い東雲先輩が、言葉の後半でわかりやすく失速した。
間違いなく皆の不満そうな空気を感じ取ったからだろう。
想定外のタイミングで、想定外の変身が出来るチャンスとなれば、つい夢中になってしまうのは、年齢を考えれば仕方ないことだ。
それでも、那美ちゃんを助けに行くという目的を前に、一番妄想に入り込んでいた志緒ちゃんですら、自分の気持ちに折り合いを付けようとしている。
ブツブツと小さな声で『今は我慢』と繰り返す姿は、志緒ちゃんがどれほど心を奪われているのかを物語っていた。
舞花ちゃんと結花ちゃんは、お互いに手を握り合った状態で、無言で見つめ合っている。
双子にしかわからない繋がりで、お互いにお互いの気持ちを落ち着けあっているようだ。
こちらに残る最後の一人、花ちゃんはというと、普段とは様子の違う三人に、見守るような眼差しを向けている。
志緒ちゃんに近い状態になったりするのかなと想像していたので、正直、予想外の落ち着きぶりだった。
私を除けば、監督する立場なのは花ちゃんだけなので、皆が暴走状態の時は自然と自制が出来るのかもしれない。
目が合った瞬間に、私の考えが間違ってなかったことを示すように、花ちゃんの口から「周りが暴走状態だと、意外に冷静になるモノなんですよ」と言う言葉が放たれた。
正直、言いたいことはよくわかる。
何事でもそうだけど自分以上がいると、急に落ち着きを取り戻せるというか、素に戻るというか、ともかく一歩引いた目線で見られるようになる時があるのは確かだ。
花ちゃんもその境地らしい。
「まあ、一応、私のも立場がありますから、スイッチのオンオフくらいは出来ますよ」
フラフラとした足取りで私の横まで来た花ちゃんは、そう口にしながら、何故か私の首に手を回して抱き寄せながら頭を撫で始めた。
何をしているんだろうという気持ちはあったけど、まあ、苦痛でも嫌でもなかったので、花ちゃんが落ち着くために必要な儀式なんだろう思い、スルーすることにする。
一応自分を抑えて受け入れているので、少し遠い目になってしまったことは許容して欲しいところだ。
『これから、この身体で『凛花ゲート』を通り抜けてみる……いざという時は頼みます』
東雲先輩は足下のリンリン様にそう告げて、一歩前へ足を踏み出した。
「って! 東雲先輩!! 凛花ゲートって何ですか!?」
自然に盛り込まれたとんでもワードに思わず私は声を荒げてしまう。
けど、驚きで動揺する私に対して、皆は先ほどの暴走状態がウソのように冷静だった。
「リンちゃんの作った通り道だから、スゴく良い名前だと思うよ」
「マイもユイに賛成ね。わかりやすくていいと思うわ」
「何か名前がないと不便だし、丁度良いネーミングだと思うよ」
舞花ちゃん、結花ちゃん、志緒ちゃんが順番にそう言って肯定的な意見を示す。
「はい、じゃあ、凛花ちゃんゲートで決定ですね」
さらりと『ちゃん』を付け足して、結論のような言い回しをする花ちゃんに「ちょっと、花ちゃん!? 勝手にちゃん付け足さないで!?」と抗議したのだけど、それを逆手にとられてしまった。
「仕方ないですね、じゃあ、リンちゃんの希望で『凛花ゲート』で!」
「なっ!」
絶句する私に、舞花ちゃんの「え~~凛花ちゃんゲートの方が可愛いのにー」と不満の声が聞こえてくる。
対して結花ちゃんが「別に統一しなくてもいいんじゃないかしら?」と言い出した。
それに乗った志緒ちゃんが「あ、じゃあ、リンちゃんゲートで!」と言い出したことで、m結局歯止めがきかなくなってしまう。
私の結論は残念ながら「……好きに呼んでください」しかなかった。
『それじゃあ、頼みます』
東雲先輩からの要請に『うむ』と答えたリンリン様は、先ほどと同じように全身にエネルギーを纏った状態で、今度は桃源郷からこちらの世界へと飛び出してきた。
私のゲートをくぐった東雲先輩が『穢』に襲われないように、リンリン様は魔除けの鈴の待機状態で睨みをきかせる。
リンリン様は、ゲートを出た先、目の前に浮かんでいたきらりに『良いぞと伝えてくれ』と告げた。
きらりはそれに応え頷くと、シャー君経由で『準備完了のようですシャー』と東雲先輩に伝えられる。
『行くぞ!』
シャー君からの伝達に深く頷いた東雲先輩は、ゆっくりとした動きで前に更に歩を進めて、右手で腰の刀の柄を握り、反対の左手をゲートに伸ばしはじめた。
東雲先輩の左手の指がゲートである黒い長方形に触れる。
ゲートの縁を囲む光る直線と違い、抵抗はないようで指はスルリと黒い長方形の中へ沈んでいった。
今、東雲先輩は『神格姿』の姿であり、本体というか、肉体自体はこちらの世界でブルーシートに横たわっている。
リンリン様のように実体でない東雲先輩の身体がどうなるのか、その一点が気になってきらりの目線の映像に意識を集中挿せた。




