拾漆之拾捌 視線
「桃の匂いがしますね」
真面目な顔でそう続けた花ちゃんに、私の目は点になった。
何を言っているのか頭が理解していなかったせいで瞬きを繰り返した私と違い、東雲先輩は「匂い移りがする程、桃の花の香りが強いって事か……」と呟く。
その発言で気付いたけど、風景からして桃の花の香りが漂っていそうだなというのはなんとなくイメージ出来ていたけど、匂いが移るとなると、確かに香水のような強い香りが漂っているのかもしれないというのは納得出来る推測だった。
「そう言えば、匂いってあんまり考えたことなかったねー」
舞花ちゃんの発言に対して、結花ちゃんが「そもそも、神格姿では匂いを感じたかしら……感じたわね」と瞬時に自問自答し終える。
「え、お姉ちゃん、匂いとか気にしてたの?」
舞花ちゃんの問い掛けに対して結花ちゃんは苦笑しながら「気にしてたわけではなくて、火を出した時に何科ものが燃える匂いがしたなって思い出しただけよ」と、おそらく直前の自問自答の中身を口にした。
結花ちゃんの話を聞いて「あ、なるほど」と口にした舞花ちゃんは「でも、舞花は水のに追いしなかったような……」と首を傾げる。
「水の匂いって実は、水に溶けたモノの匂いなので、舞花ちゃんが生み出す水には、不純物……溶けたモノが無いからあまり匂いがしなかったんじゃないですか?」
頭に浮かんだ仮説を首を傾げている舞花ちゃんに伝えると、目を輝かせて私を見た。
「そうなの!? お水って匂いがしないの?」
「一応、何も混ざってないと……ですけどね」
林田先生の記憶も知識も薄らいでいるので、強くは頷けない。
それでも、舞花ちゃんからは尊敬の眼差しが向けられていた。
ただ、尊敬の眼差しを向け続けられるのは、居心地が悪いので、私は花ちゃんに話を振ることで話の流れを無理矢理変えることにする。
「と、ともかく、突入しても大丈夫そう、ですか?」
私の降りに対して、花ちゃんは「ちょっと待ってくださいね」と言いつつ『きらり』と『ぴかり』に右手を差し出していた。
「何をしてるんですか?」
全く行動の理由がわからなかった私は素直に、そう問い掛ける。
すると、結花ちゃんが「『きらり』ちゃんと『ぴかり』ちゃんには、体温とか、血圧とか、計測出来る仕組みを付与して貰ったのよ」と説明してくれた。
けど、その内容は私が出現させたはずなのに、初耳だったこともあって「そうだったんですか!?」と思った以上に大声が出てしまう。
「二体にして貰ったせいで能力が他の子達より弱かったから、花ちゃんに相談して、能力を機械的に追加して貰ったわけ」
言い終えた結花ちゃんは続きは任せたと、視線を花ちゃんに向けた。
きっちり後を引き継ぐ形で「市販されている体温計や指や手首式の血圧計を組み込んでみました」と花ちゃんが笑顔で言う。
私の知らないところで皆それぞれ頑張っていたんだなぁと思うと同時に、それぞれに意識があるせいで、機械という認識が薄かったヴァイア達が、部品を組み込んで改造することが出来るという事実に衝撃を受けた。
「特に問題は無さそうなので、全身行きます」
花ちゃんの宣言に、私たちは無言で顔を合わせた。
承諾して良いものかという根本的な問題もあるけど、花ちゃんに何かあった場合どうするかという問題もある。
花ちゃんが抜けてしまえば、実態はともかく子供しか残らない以上、危険が増すのは間違いなかった。
そこで、私が「待ってください」と声を上げる。
が、即座に志緒ちゃんに「リンちゃんはダメに決まってるでしょ!」と発言を遮られた上に名乗り出るのを阻止されてしまった。
しかも、共通認識だと言わんばかりに、東雲先輩も舞花ちゃんも結花ちゃんも、花ちゃんまでもが同意して頷く始末である。
「でも……」
誰かが行かなきゃいけないと言葉を続ける前に、志緒ちゃんが「というわけで、花ちゃんの次に挑戦するのは私が良いと思う」と言い切って、立候補してしまった。
更に「まず花ちゃんは、この場で唯一の大人だから、何かあっては困るでしょ。リンちゃんは切り札なんだから最初に切るのは悪手。まーちゃんは知識と行動力で皆を支えて貰わなきゃだし、マイちゃんユイちゃんはリンちゃんを護って貰わないとだから、花ちゃんと得意分野が被ってる私が適任というわけ」と言い加える。
誰も何も言わないうちに、志緒ちゃんは「向こうには既にシャー君がいるし、猛攻の機械の状況を確認するのも私なら出来る。それとも花ちゃん以外で私の代わりになる人いるかな?」と言って微笑んだ。
そんな覚悟の籠もった立候補に対して最初に折れた花ちゃんの「無理はしないでくださいね」と言う言葉に志緒ちゃんは深く頷く。
「志緒、頼んだ」
シンプルな東雲先輩からの言葉に、志緒ちゃんは「任せて」と軽く手を挙げて答えた。
舞花ちゃんと結花ちゃんとは、お互いに親指を立てた右手を突き出し合って、会話すら交わさず気持ちを確かめ合う。
そうして、最後に私に視線を向けた志緒ちゃんは、それまでの覚悟に満ちた様子とは違う不安の混じった目をしていた。




