参之弐拾弐 指摘
「え、ズルイよ花ちゃん! 舞花も行く!」
「街に行くなら、ユイだって行きたいわ!」
「あら、街いいわね~私もお買い物に行きたいわー」
「り、リンちゃん、私、少しなら知っているお店があるから案内出来るよ?」
「……街中でもオレが護るからな」
既に行きたいから、一緒に行くに話がずれてしまっているが、それでも皆乗り気なことが地味に嬉しかった。
まだまだ出会ったばっかりの転校生ボーナスタイムだからかも知れないけど、歓迎してくれているのが伝わってくる。
そんなワイワイと盛り上がる皆に、未だ食堂には入れずにいた雪子学校長から底冷えのする低い声が放たれた。
「諸君、盛り上がるのは良いが、まずは席につきたまえ」
「それじゃあ、皆良いですか?」
花子さんの問い掛けに、席に着いた全員から返事や頷きで反応がなされた。
それを聞いた上で、花子さんが手を合わせると皆もそれに合わせて手を合わせる。
私も少し遅れつつも、皆に習って手を合わせると、それを待ってくれていたのであろう花子さんがタイミング良く「いただきます」と口にした。
「「いただきます」」
唱和に遅れること無く乗れたことが、妙に気持ちが良い。
そんな少し良い気分に浸りながら、私は花子さんに用意して貰ったお客様用の箸を手に取った。
食堂での食事は、私たち生徒六人と、雪子学校長、花子さんの八人が一つの大きなテーブルを囲む形で摂ることになった。
ちなみに、今日の席順は雪子学校長が、食事が冷めるという正論を前提に、学校長命令という強権で決めてしまったので、席決めに時間を取られることは無く落着している。
もっとも、これまでの教室での席順のように、舞花さん、結花さん、志緒さん、那美さん、東雲先輩と五人が横一列に並べ、新人の私は花子さんと雪子学校長の間に挟まれる形で、皆の対面に座るというものだったので、多少居心地が悪かった。
とはいえ、私が京一のままだったらこう言う席割りだったかも知れないと思うと、居心地が悪いというのも変な話かも知れない。
知らず思考が生徒側の目線になっているなと自覚した瞬間でもあった。
ちなみに、食事中の会話は禁止されてはいないが、余り騒いだり、話に夢中になるのはダメと言うことで、教室での休み時間よりも静かで、授業中よりもやや騒がしい。
花子さんの料理は基本的に和食がメインで、味付けもどちらかと言えば薄味に近かった。
アルバイト生活では、肉体労働気味だったせいか、京一の時には少し物足りなさを感じた味付けだったけど、今の体にはすこぶる合っている。
一口噛むだけでじわりと広がる味わいが、花子さんの丁寧で繊細な仕事を裏付けていて、感謝とそれを味わえる喜びについつい頬が緩んでしまった。
そうして、一口二口と堪能していると、ガシッと肩を横に座る雪子学校長から掴まれる。
「んんっ!?」
思わず箸を咥えたままで、雪子学校長を見れば、見上げる形になった彼女の視線ニは何故か怒りの色が滲んでいた。
まったく身に覚えが無いせいで、私は逆に不安を大いにかきたてられてしまう。
そんな私に対して、発せられた雪子学校長の「少し話があったことを思いだしたから、付き合ってくれるかな?」という問い掛けに、頷く以外の選択肢は無かった。
「食事中の表情が官能的すぎる!」
「はい?」
「生徒達への刺激が強すぎるから、顔を引き締めなさい」
「えぇっ!?」
食堂を後にして、学校長室まで連れて行かれることになった私は、そう説教をされてしまった。
私としては、単に花子さんの食事に舌鼓を打っただけのつもりだったのだが、雪子学校長の視点では、官能的すぎたらしい。
鏡を見ながら自分の状況を確認出来るわけではないものの、こうして食堂から連れ出される程度には不味かったというのは間違いないし、ダメ出しをされて拒否する方がおかしいので「すみません」と謝ることにした。
対して、雪子学校長は怒りの表情を辞め大きな溜め息を吐き出してから、困り顔を浮かべる。
「……女狐」
「へ?」
「古来から各地の伝説に、美女に化ける狐というのは多く存在するのは知っているかね?」
女狐と言われて、最初は非難されたのかと戸惑ったものの、続く問い掛けに私は伝説に登場する話をしようとしているのだと察して、頷きで応えた。
「知っているのなら話は早い……つまり、君にもその素養があるということだ」
雪子学校長にズバリそう言われて、私は皆が私に強い興味を示してくれているという事実が思い浮かぶ。
転校生ボーナスタイムとか、軽く考えていたが、伝説上の狐には、王を惑わし文字通り国を傾けた存在もいた。
もしそれが単なる伝説では無く、かつて誰かが得た『神格姿』であり、その能力の一つが誘惑なら、私が同じように能力として有している可能性は否定出来ない。
花子さんを含め、関わった皆が、異常に私に興味を示している感覚があるので、それが能力の影響だとすれば、むしろ筋が通った話に思えた。
だが問題は、私自身にまったく能力を発揮したという自覚が無いということである。
自覚が無いことに思考を巡らせても対策は思い付かないし、本当に人を惑わす能力なら早期に対処しなくてはなら無いと考え、私は素直に雪子学校長を頼ることにした。
「雪子学校長、どうすれば……いいですか?」




