拾漆之拾弐 新たな鳥居
私はリンリン様に即答することが出来なかった。
当然、答えを口にしていないので、皆の注目が私に集まってくる。
居心地の悪さに大きく溜め息を吐き出した私は、目星を付けたリンリン様の言葉の意図にふさわしいだろう答えを口にした。
「……み、見守る立場の人の気持ちは、今、痛い程わかりました……無茶をしなきゃいけない場面でも、自分を護ることを決して疎かにしません……それで、良いですか?」
恐る恐るリンリン様の反応を窺う。
すると、私をジッと見詰めたリンリン様は『主様。その言葉信じるのじゃ』と低めの声で言い放った。
私は思わず「うん」と頷く。
リンリン様は私の返事を聞くなり、ひょいっと飛び上がると私の頭の上に着地して丸くなった。
『この居心地の良い寝床がなくなるのは困るからの~』
軽い口調で放たれたそのリンリン様のセリフは、冗談なのか本音なのか照れ隠しなのか判断はつかなかったけど、私を裏切らないように頑張ろうという気持ちにはさせてくれる。
「リンリン様の寝床を奪わないように頑張ります~」
冗談ぽくそう返すと
、本当に触れたかどうかも怪しいくらいの柔らかく弱いタッチで、リンリン様の右前足が私の頭を叩いた。
「それじゃあ、いよいよ本題だな」
東雲先輩に振られた私は「はい」と口にして頷いた。
「人工的にこちら側から門を開くのは、記録上では不可能とされています……でも月子お姉ちゃんは、凛花ちゃんが具現化した機械類のエネルギー源が、神世界から引き出されたものという可能性から、凛花ちゃんの具現化した道具の多くは、神世界と繋がっていると予測していました」
花ちゃんの言葉に私は無言で頷く。
「つまり、今現在も扉は開かれていて、凛花ちゃんが挑むのは、その扉を球魂が通れるレベルに拡げることです」
そう言って私の両肩にそれぞれの手を置いた花ちゃんは「新たな扉を開くのではなく、サイズを大きくするだけですから、そんなに難しくないと思いますよ」と優しく言い加えてくれた。
私の能力はイメージが鍵になるだけに、難しくないと言ってくれるだけで、気持ちは軽くなるし、出来るという確信が強くなる。
「なんだかでいそうな気がしてきました」
私の返事に、花ちゃんはゆっくりと離れながら「はい。無理のない程度に頑張ってください」と声を掛けてくれた。
私は一度周りの皆を順番に診てから「行きます!」と宣言して体験施設に触れる。
手を通じて伝わってくるコンクリートの冷たさが、ここに体験施設が存在していることを伝えてきた。
でも、これはかつての私がエネルギーから具現化した施設であり、建材を使って建造される建物やあるいはその模型とは成り立ちから異なっている。
実際、立地の問題でエネルギー体に戻してから移動させたこともあった。
那美ちゃんと林田先生に持って行かれた能力がどの程度なのかは未だにはっきりとしていない。
でも、既に魔除けの鈴をカードからエネルギー変換することで生み出せたし、鈴だけでなくエネルギー体を見ることのレンズも具現化……カードからの変換で具現化することに成功した。
やれる、出来る、問題ない。
頭の中でそう言い聞かせるように唱えてから、私は両手の先から体験施設にエネルギーと命令を送り込むイメージを頭の中に展開した。
具体的な門の形は『鳥居』だ。
何故かと聞かれればはっきりと説明出来ないけど、それが良いという確信がある。
これまでの検証を通じて、自分の直感こそが最適である事が多かったことから、私はそのまま目標の形を『鳥居』に定めた。
私が『鳥居』に決めたのはもう一つ『黒境』の存在がある。
幾度となく潜り抜けた神世界への扉、実際に使っているから扉の開き方もイメージしやすかった。
体験施設のエネルギー源を鳥居の中心に移設して、そのまま人……球魂が問うレルトンネルへと変化させる。
花ちゃんが実験で使っていた四本のくさびを思い描きながらイメージを送り込むことで、エネルギーの塊に戻った体験施設は、想像以上にスムーズに変化を受け入れてくれた。
私の体からエネルギーを送り込んでいるわけではないからか、全身に痛みはないし、エネルギーも暴走を起こしていないので押さえ込む必要を感じない。
むしろ、最初から鳥居の形になるのが自然だったかのようなスムーズさから、操ってるというよりも、操られている感覚がして、逆に怖さを感じ始めていた。
このまま進めて大丈夫かという不安もみるみる大きくなって行く中、もうすぐ終わるという閃きが頭に走る。
ここで止める方が安全かもしれないけど、暴走の気配はない以上、進めても良いだろうと判断した私は、胸の内の不安を押さえ込んで、具現化を最終段階まで進めた。
エネルギーの塊へと変化した体験施設だったものが、輝きを増しながら鳥居へと姿を変え、その二つの柱の間に移動したエネルギー源、神世界への穴が、小さな点からズズズとそのサイズを大きくしていく。
その穴が柱と柱の幅を直径とする程の縁へと拡大したところで、強烈な輝きを放った。




