拾漆之弐 はじきと連想
舞花ちゃんが前向きな表情を浮かべてくれたところで、志緒ちゃんが「でも球魂を飛ばせれば、車とか無くても追い掛けられるのは事実なんだよね」と呟いた。
東雲先輩は志緒ちゃんの意見に対して「だが、球魂で向かうなら『穢れ』と『距離』を解決しないと、な」と言う。
「距離……」
何かが引っかかった気がして、小さな声で繰り返してみた。
「どうしたの、リンちゃん、なんか気になる事でもあった?」
志緒ちゃんにそう尋ねられたのもあって、私は素直に「なんだか距離が気になって」と答える。
「ただ、何が気になったかまでは、自分でもよくわからなくて」
閃きなのか、それともそれらしく思えただけなのかわからないだけに、このまま話題の中心において良いのかという疑問もあった。
ただ、一方で、それ以外に何か手がかりになりそうなことがあるのかと言われれば、心当たりが無いので、私から今提供出来る話題というか、話し合いの切っ掛けは『距離』しかない。
「うーーーん。距離って、やっぱり、なっちゃんの向かっている黒境までの距離のことが気になったのかな?」
首を傾げる志緒ちゃんだけど、私の中に明確な答えが無いので、否定も肯定も出来なかった。
返事に窮していると、花ちゃんが「あー、そう言えば、距離って言うと『はじき』を思い出しますね」と言う。
「はじき?」
花ちゃんの言葉に舞花ちゃんが大きく首を傾げた。
「マイちゃんは未だ習ってないですもんね」
習ってないという花ちゃんの言葉で、私は思わず「あー」と声を上げて手を叩きそうになったが、五年生になったばかりの凛花が未だ習っていないことに気が付いて口を噤む。
花ちゃんの言う『はじき』とは算数の速さ・距離・時間に関する計算方法の事に違いなかった。
小学算数の学習範囲でも『距離』という概念に詳しく触れるのはこの公式からで、文章問題の常連となる計算式の基礎でもある。
が、問題はその学習時期が五年生の三学期頃なので、私が知っているのはおかしいのだ。
口を閉ざしドキドキしながら、皆の様子を覗っていると、唯一の中学生である東雲先輩が「はじきっていうのは、速さの公式だ。計算に必要な、時間と距離を加えた三つの単語の頭文字をとって『は・じ・き』というって習ったな」と語る。
舞花ちゃんは「そういうのを習うんだね」と、頷きを繰り返した。
「それで、それっていつ習うの?」
志緒ちゃんからの問いに対して、東雲先輩は「志緒は習ったか?」と聞き返す。
その返しは想定してなかったのか、志緒ちゃんは「ん?」と目を丸くした後で、首を左右に振って「習ってないと思う」と口にしてから私を見た。
「ね、リンちゃん?」
思わず心臓が飛び出しそうになったものの、私はどうにか「そ、そうだね。習ってはいないかな」と返すことに成功する。
私と志緒ちゃんのやりとりを聞いた東雲先輩は「じゃあ、五年の終わりくらいに習うと思う」と結んだ。
「じゃあ、リンちゃんとしーちゃんは習ってないってこと?」
首を大きく傾げて、舞花ちゃんはそれなら何で話題に出たんだろうという表情を見せる。
そんな舞花ちゃんの心境をフォローするように結花ちゃんが「習ってないことで連想なんて出来ないわよね」と当然のことを口にした。
その指摘に私は心の底からややこしいことになったと思う。
なにしろ、凛花としては習ってないけど、私の中には林田先生の記憶というか経験があるので、花ちゃんの連想はあながち的外れとも言えない……というより、そのものズバリで心当たりがあった。
でも、結花ちゃんが言うとおり、習ってないことで、連想が成立したらおかしいことに違いは無い。
どうにか話を進めるために、助け船を出して貰おうと、縋る思いで私は花ちゃんを見た。
花ちゃんはあきらかに仕方ないですねと言う表情を見せてから「いえ、リンちゃんのことなので、既に予習済みなんじゃないかと思うんですが」と言う。
すると、すぐに舞花ちゃんが尊敬の眼差しを向けて「そうなのリンちゃん!」と聞いてきた。
確かに予習済みと言えば予習済みと言えなくもないんだけど、話を進めるためだと自分に言い訳をして「ま、まあ、塾でちょっと」と余計な言葉を交えて返してしまう。
「塾! リンちゃん塾行ってたんだ!!」
ますます興味を引いてしまったことに失敗したと痛感しつつ「舞花ちゃん、今はそれよりも私の思い付いた話を聞いて貰っても良いかな」と力業で話題を切り替えることにした。
すると、舞花ちゃんはハッとした表情になって「そ、そうだね、今はなっちゃんのことだよね」と申し訳なさそうな表情を浮かべる。
切っ掛けは自分の余計な一言なので、心苦しさを感じつつも、それを振り払うように思い浮かんだ連想を言葉にした。
「えっと、距離と時間……それで思い出したんですけど……」
そこまで口にした私は視線を花ちゃんに向ける。
花ちゃんと視線がバッチリ交わったところで、私は「人工の門を開く実験がありましたよね?」と、いつかの実験の話を振ってみた。




