拾陸之弐拾陸 再起
「どうだ?」
能力の使用を終えた雪子学校長は、ソファに横たわったままの月子先生に声を掛けた。
雪子学校長自信は、能力の反動で少し大人の姿になっている。
逆に、月子先生は未だ子供の姿のままだ。
呼びかけられて目を開けた月子先生は、そのまましばらく天井をみつめていたが、ゆっくり動かした自分の手足や周囲の状況を確認すると、横に立つ雪子学校長に視線を向ける。
「異常事態……だね?」
月子先生の問いに、雪子学校長は頷いた。
「ここには……雪姉と凛花さん……か」
周囲を見渡してからそう口にした月子先生に、雪子学校長は「そうだ」と短く返す。
「何かが起こったってこと……か」
体を起こしながらそう呟いた月子先生は、自分の体の状況を確認した上で「記憶……脳の記憶ごと巻き戻した……で、あってるかな?」と呟くように問うた。
対して雪子学校長は先ほどと替わらない抑揚のついていない声で「そうだ」と返す。
月子先生は頷くと、私に視線を向けてきた。
思わず緊張してしまった私の全身を、月子先生の視線が素早く駆け巡り、その後でピタリと目が合ったところで止まる。
それだけで全身が緊張で強張った。
「何日戻しました?」
月子先生の問いに、私は何か答えねばとなったものの、何か口にするよりも先に雪子学校長が「最短の12時間」と返す。
すると、月子先生は急に一人の名前を挙げた。
「東雲雅人君」
想像していなかった東雲先輩の名前の登場に、思わず「へっ!?」と声を上げてしまったが、月子先生は何の意図があるのか、次の人を口に出す。
「鏑木舞花さん」
今度は舞花ちゃんの名前が出たことでつい「舞花ちゃん?」と聞き返してしまった。
でも、月子先生は何の反応もせず「三峯那美さん」と次に名前を挙げる。
今、私たちが対処しなければいけない、情報を失ってしまっている人物の名前に、私はどう反応したら良いのか、正解がわからずに反応することが出来なかった。
月子先生は急にソファから立ち上がると、右手で左肩に触れた。
その手が左肩を離れると共に、月子先生の姿が大人の姿ヘと変化する。
雪子学校長に視線を向けた月子先生は「花子には?」と尋ねた。
「リアルタイムの情報を、記録して貰って、必要であれば確認して貰うでどうかね」
「了解です。雪姉」
頷いた月子先生は次いで私に視線を向ける。
「凛花さんには既にゲストカードを渡しているようです……その上で彼女にはどの程度知らせますか?」
私から視線を逸らさずにいう月子先生からは、ドキッとするような冷たさというか無機質な印象を受けた。
ジンと胸の奥が震えて、鼻の頭が痛くなったが、その影響で自分の体に変化が出ないように、軽く唇を噛んで耐える。
「卯木くんにも聞いて貰う」
雪子学校長の言葉で、月子先生は私に向けていた表情に笑みを混ぜた。
思わず声を漏らしそうになった私に、月子先生は「覚悟と心境を試して悪かったね」と言う。
「い、いえ」
私がそう短く返すと、月子先生は体を巻き戻す前と同じように柔らかな手つきで私の頭を撫でた。
「今現在、凛花さんの能力は、那美さんに奪われてしまっていると考えて良いかな?」
月子先生の問いに驚いた私は、慌てて首を振った。
すると、月子先生が驚いた顔で「そうじゃないとしたら、どうして『封印のブレスレット』をしていない?」と私の手首に視線を向ける。
「え、えっと、私も、はっきりと記憶してるわけではないんですけど、その……私から『林田先生』を分離して、それで、一緒にいなくなってて……」
そこまで口にしたところで、雪子学校長から「卯木くん」と声が掛かった。
これまでの雪子学校長と月子先生のやりとりからして、必要以上に、私たちから情報を亜\渡してはいけないらしいとようやく理解する。
「す、すみません」
危うく段取りを壊しそうな程情報を提供しそうになったことを謝罪すると、月子先生が「謝ることはないし……むしろ、これまでのやりとりで察するなんて流石だよ」と言ってくれた。
ただそれだけのことなのに、頬が熱くなるのがわかる。
褒められて嬉しいという気持ちで胸が一杯になってしまった。
「凛花さん」
急に名前を呼ばれてしまった私は、少し慌て気味に「え、あ、はいっ!」と返事をする。
「これから君にとって酷な思いをする話をすることになるかもしれない……友達の……那美さんの過去に関わる話だ。今後の対策を兼ねているから、配慮できないと思う……今この時点で判断するのは難しいだろうが、全部を聞く覚悟が出来ないなら、花子のところに、一端待避しておいて欲しい」
真面目な顔で言う月子先生に、私は即答せずに、一度深呼吸をして、気持ちをしっかりと確認した。
どんな話が出てくるかわからないし、聞かない方が良いと思うことを聞いてしまうかもしれない。
でも、かなり曖昧になってしまっているけど、私の中に花観ちゃんを友達だと思う気持ちがあった。
何でも知っていることが友達だとは思わないけど、今、何かに追い詰められてしまっているのが確実な友達の状況も知らずに、これからを考えられるわけもない。
最初から動かなかった結論だけど、私は改めて自分の中でこれしかないと確信してから「絶対聞きます」と宣言した。




