拾陸之弐拾肆 対策
「三峯那美……おそらくこの人物だ」
階下から戻ってきた月子先生は紙の資料を私の前に差し出した。
そこには那美ちゃんの顔写真が印刷されている。
「那美ちゃん、です」
頷きと共にそう答えた私に、雪子学校長は大きな溜め息を吐き出した。
「雪子学校長?」
その反応が何故なのかわからずに、その名前を呼ぶと雪子学校長は「彼女はとても特殊な存在らしくてね」と言う。
ただ、その続きを口にしたくないのか、雪子学校長はそこで言葉を止めてしまった。
少しの間を挟んで、雪子学校長ではなく、月子先生が口を開く。
「雪姉……いや、雪子姉さん。私の記憶を一日程度戻してくれないか?」
私がその発言に思わず視線を向けると、月子先生は「そんな心配そうな目を向けないでくれ」と笑う。
「雪子姉さんの能力は優秀だし、これまで幾度も使ってきている……特に私にはね」
自分の胸に手を当てて語る月子先生は「一方で、雪子姉さんは自分に能動的に力を行使したことはない。能力の反動や余波を見に受けている状態なんだ」と口にすると、ジッと私に視線を定めた。
「賢い君ならわかるだろう? この場では私が一番適格だ」
「そ、それは……」
そこまで口にしたところで、私はそれ以上言葉を続けられ無くなってしまう。
なぜなら、それ以上否定の言葉を続けることを月子先生が望んでいないことも、浮かんだ代案が一つしか無いことも脳裏に浮かんだからだ。
けど、不意に那美ちゃんの、友達のためになるならそれも良いんじゃ無いかっていう背中を押す思いが急に沸き起こってくる。
私はその沸き起こりに背中を押されて、気付けば「その役目は私じゃダメなんでしょうか」と問うていた。
驚きで目を丸くする月子先生に、私は怖じ気づかないように気持ちを奮い立たせながら「と、友達の、那美ちゃんのことをも出したいです!」と訴える。
すると、月子先生はとても優しい表情を浮かべて「凛花さんはお友達思いで、とても強い子だね」と返してきた。
ホワッと胸が暖かくなると共に、気恥ずかしさで胸が一杯になる。
そんな私に向かって、穏やかな表情のままで月子先生は言葉を続けた。
「友達のために自分の身を差し出せる勇気はとてもスゴいけど、冷静に考えて欲しい」
トンと頭の上に手を乗せられた私とバッチリと視線を交わした月子先生は「私と凛花さん、どっちが情報を持っていると思う?」と問うてくる。
が、その根幹を射貫くような問い掛けに、私は「つ、月子先生です……」以外の答えを思い付くことは出来なかった。
少し間を置いたところで「凛花さんの理解を得られて嬉しいよ」と月子先生は私の頭を再び撫でた。
そのタイミングで、雪子学校長が「かなり大人げない説得だと思うんだが?」と言う。
対して月子先生は「凛花さんの気持ちが本物だったからです。本当に心から友達を救いたい、助けになりたいとおもって記憶の復活を求めてました……だから、ちゃんとした理屈でわかって貰うしか無いと思ったんですよ」と言い切った。
その言葉で、私をわかってくれたんだと、胸が熱くなったのだけど、その後に月子先生のとんでも発言が追加される。
「といっておけば、素直に引き下がってくれるかなぁと思いました」
もの凄く明るい口調で言う月子先生に、私は思わず右ストレートを叩き込んでいた。
でも、まるで威力が無かったからか、月子先生は頬に私の拳を受け止めたままで「凛花さん」と名前を呼んでくる。
「な、なんですか?」
思わず拳を引いてしまった私に月子先生は「自分を殺すこと、我慢することだけじゃなくて、今みたいに感情のままにぶつけること、自分の気持ちに身を任すことも時には大事です。那美ちゃんはきっと、我慢しすぎで自分の中に思いを押し込めすぎて、歯車が狂ってしまったんじゃないかと私は思います」と告げた。
その後でゆっくり立ち上がった月子先生は私の頭を乱暴に撫でた後で「君は未だ小0ドモなんだから無理に大人になりきらなくてよろしい……林田京一を取り戻す前に、小学五年生の少女としての君似も目を向けてあげなさい」と言う。
すると、雪子学校長も「その意見には賛成だね……過酷な運命を強いてしまっている我々が言うのもどうかとは思うが、ここの皆は必要以上に大人な部分がある。年齢相応の行動が出来ないのHG安室に悲しいことだ。だから、卯木くんにはほんのわずかな時でも今の状況と今の感覚でしか得られないモノを感じ取って欲しい」と続けた。
二人の言葉に生徒達に向ける思いが感じられて、何よりも庇護してくれている深い愛情を感じて、私は頷きそうになる。
が、そこで私は大事なことを思いだした。
「……そ、そうは言いますけど、私はそもそも成人男性ですよね!? こ、子供扱いしないでください!」
慌ててそう抗議すると、月子先生と雪子学校長は同時に噴き出す。
「な、なんですが!」
笑われたのだと感じて私は裏返った声のまま抗議した。
だが、そんなことを意に介すような二人ではなく、月子先生は「その可愛くないところが、とても可愛らしいよ、凛花さん」と言う。
更に雪子学校長は「そんなに背伸びして大人にならなくても良いのだよ」と、こちらよりも身長の低い子供の容姿のままで私の頭を撫でてきた。




