拾陸之拾伍 決心
「お言葉ですが、月子先生にだけは言われたくなかったです」
私の返しに、大きく首を左右に振った月子先生は「残念だが認めざるを得ないよ、君も、私も、常に好奇心と倫理を天秤に掛ける研究者なのだということを」と、真剣な目で言い切った。
正直、私だけをマッドと言い切るなら返しようもあるけど、自分を含めて言われてしまうと、心当たりがまるで無いわけでは無いので否定し難い。
そんなことを考える私の肩にポンと手を置いた月子先生は「まあ、マッドの弟子は、マッドなのは仕方が無い。朱に交われば赤くなるというだろ?」と笑って見せた。
私はその言葉に苦笑を帰しつつ「いえ」と首を左右に振る。
不思議そうに私を見た月子先生に「月子先生の影響ではなく、私自身が持って生まれたモノなので」ときっぱりと告げた。
すると、月子先生は「そうか」と呟く。
その後で何故か私の頭を一回撫でてからモニターに視線を向けた。
「オリジン、モニタールームで状況確認を開始したことを伝えてくれ」
『了解しました』
オリジンの返事の後、少しの間を挟んで、中継されている花ちゃんの視界映像に動きがあった。
視界の中に入ってきたスマホは、着信を伝える赤いランプの点滅が起きていて、花ちゃんは手早く操作をすると、画面中央に白地に黒の文字で『緋馬織月子、卯木凛花、配置完了』と表示される。
『皆、先頭をまーちゃん、しーちゃん、中央をなっちゃん、その左右にそれぞれマイちゃん、ユイちゃん、後ろに私のフォーメーションで進めます』
花ちゃんの出した指示の声は『異世界netTV』経由だからか、少しくぐもっているように聞こえた。
そんな私の考えを見越したように、月子先生は「音声は多少気になるかもしれないが、現状ではこれが限界なんだよ」と言う。
思わず視線を向けると、月子先生は「『異世界netTV』は文字通り、こちらとは違う世界からの配信だからね。リアルタイムで向こうの映像や音声を拾えるだけで奇跡的なことなんだ。何しろ、以前は世界を跨いでの通信なんて出来なかったから『黒境』を挟んで、こちらと無効に人員を配置していたくらいなんだよ」と続けた。
「こうして、観測するための状況が整いつつある今、緋馬織は上の方からもかなり注目されている」
そこまで口にした月子先生はゆっくりとした動きで、モニターから私に視線を向ける。
とても険しい表情で月子先生は「ここには君と私しかいない」と急に言い出した。
なにを言い出すつもりなのかという警戒心と、確かに二人きりという状況に、私はプチパニックを起こしてしまう。
結果、体は緊張でカチコチに固まった。
「はっきりと言う……これをどう捉えるかは君に任せるが、君を一人の大人の人間として、敢えて言う」
声の調子、目の真剣さ、そして言葉の重みに、視線と私の背は伸びる。
月子先生はそんな私の動きを見た上で「君が『神様』になり得る話はしたと思うが、政府の人間は、ここで最優先されるのは君だと考えている」と言い切った。
言わんとしていることを理解してしまった私の頭は、思わず逃避のために考えをそらそうとし始める。
だが、それよりも早く月子先生の誤解の余地もない一言が放たれる。
「子供達や私たち姉妹よりも、君の存在、生命が優先される。このモニタールームの使用が許可されたのも、何かあった時にここの安全性が一番高いと考えられてのことだ」
聞きたくないけど、聞かないわけにはいかない事実が次々と並べられていた。
けど、その考え方は理解出来てしまう。
当事者としては思うところがあるけど、第三者の視点で見れば、私の特異性を考えるとそうなるのは理解出来てしまうのだ。
否定出来る考えも浮かばず、ただ歯がゆく思いながら月子先生の話を聞く。
「もう……わかると思うが、君は『黒境』が出現している間は、ここで待機が義務づけられている。何があっても、ここを出ることは許されない」
そこまで言った月子先生はゆっくりと視線をモニターに向けた。
話が終わったのだと察した私は、深く深呼吸をして息を整える。
聞いてしまった内容が内容だっただけに、かなり呼吸が荒くなっていたのだ。
「月子先生」
「……なんだい?」
返事をした月子先生はモニターに視線を向けたままで、私を見なかった。
「私に出来る事は……ないんですか?」
そう口にしながらも、私はわかっている。
今封印している能力をこれまで以上に使いこなして、神様化も制御して、誰からの影響も跳ね返せるように成長すれば良い。
それこそ『種』の脅威からだけでなく、私を『神様』として利用しようとする人の欲望からも、自分で身を守れるようになれば、生命保護の優先順位は変わらなかったとしても、私が助けに出ることも許されるはずだ。
そこまで考えを巡らせた上でゆっくりと顔を上げると、いつの間にかこちらに視線を向けていた月子先生と、バッチリし線が交わる。
ほんの少しの間を挟んで、月子先生は笑みを浮かべながら「休息は終わりかな?」と問うてきた。
私は即座に「はい」と答える。
「目標が見えたので、そこに辿り着けるよう指導してください!」
一気にそう言い切った私はそのまま月子先生に向けて深く頭を下げた。




