拾陸之拾弐 急転
部屋の造り自体は、既に志緒ちゃんと那美ちゃんの部屋、舞花ちゃんと結花ちゃんの部屋には入ったことがあるので、間取り的には見知った構成だった。
ただ、まだ日用品の類いもなく、代わりに折り紙で作られた無数の細工に飾られているので、住まいというイメージは湧いてこない。
敢えて言うなら、小学校の教室よりも、子供達の作品が飾られた幼稚園や学童保育といった感じだ。
「それにしても、スゴくいろいろ作ってくれたんですね」
折り紙の飾りと言っても、複数の折り紙を笠名手ずらすことで立体的になっているモノや、切り絵のように黒の折り紙の下にカラフルな折り紙を挟んで仕上げられているモノ、ツルや猫、キツネといった様々な形の動物の折り紙も飾ってある。
部屋を見渡していると、突然、舞花ちゃんが「う~~~」とうなり始めた。
何で唸りだしたのかがわからず、戸惑いながらも「え? 舞花ちゃん!? ど、どうしたんですか?」と理由を尋ねると、舞花ちゃんは「舞花がどれを作ったとか説明したいけど、今はご飯が先立って思って、我慢してたの!」と理由を教えてくれる。
「そ、そういう事だったんですね」
私が頷くと、舞花ちゃんは「天ぷらは揚げたてで、しかもリンちゃんが揚げてくれたんでしょ!?」と聞きながらグイグイ迫ってきた。
「いや、メインで作ったのは花ちゃんで、私はお手伝いしただけですよ?」
まるで花ちゃんの手柄を奪うようで嫌だなと思い、少し強めに断言する。
けど、舞花ちゃんは「でも、リンちゃんが揚げたのは本当でしょ?」と勢いは変わらなかった。
「い、一応、それはまあ」
少し曖昧な返事になってしまったけど、舞花ちゃんは目を輝かせて「ほら、やっぱりスゴイよ! 舞花は未だ油で揚げるのは許して貰ってないから、さすがリンちゃんだね」と興奮気味に言う。
舞花ちゃんの様子で、ようやく揚げ物に憧れがあることに気付いた私は「えっと、落ち着いてやれば出来ると思うので、花ちゃんに習いながら、今度一緒にやりましょう!」と誘ってみた。
「え!? 良いのかな?」
驚きの後、戸惑いというか不安の混じった目で、舞花ちゃんは恐る恐る花ちゃんを見る。
私も舞花ちゃんに続いて視線を向けると、花ちゃんは「まあ、普段の食事の準備は時間制限がありますけど、ゆっくりと調理実習をするのは良いかもしれませんね。月子お姉ちゃん?」と月子先生に話を振った。
私、舞花ちゃん、そして花ちゃん、その他の皆の目が月子先生に向かう。
月子先生は「一日調理実習にして、様々な料理を作ってみるというのも良いかも知らないね」と頷くと、舞花ちゃんを切っ掛けに部屋の皆が湧いた。
「それじゃあ、リンちゃんのお引っ越しを祝って、カンパーーーイッ!」
音頭を取った志緒ちゃんの掛け声に合わせて、私たちはそれぞれが手にした麦茶入りのコップをぶつけ合った。
元々二人部屋な事もあって、九人だと流石に狭い。
けど、少し動くだけで触れ合うような狭さが、なんだか楽しくて仕方なかった。
それでも、お互いに気を遣い合って、お蕎麦や天ぷらをとるのを譲り合ったり、つゆを足すのにお椀をバケツリレーの要領で受け渡していくだけなのに、心がワクワクと弾む。
場所が変わるだけでこんなに印象が変わるのかと思いながら、楽しい一時を過ごすことになったのだけど、それは急に終わりを迎えた。
「「あっ」」
舞花ちゃんと結花ちゃんがほぼ同時に声を上げた。
志緒ちゃん、那美ちゃん、東雲先輩は黙ったまま立ち上がる。
花ちゃん、月子先生、雪子学校長も表情を引き締めた。
八人の動きで、どうにか察することが出来た、私は「『種』ですか?」と問い掛ける。
すると、代表して月子先生が「そう言えば、君は能力を封印していたね」とチラリと私の手首に嵌められた封印のブレスレットを見た。
「『黒境』へ向かう。卯木くんは月子と待機だ」
短く指示を出した雪子先生は、そのまま部屋を出て行ってしまう。
待機と言われた私を一瞥しながら、皆も一人ずつその後を追って出ていった。
部屋には、月子先生と、私、そして、花ちゃんだけが残る。
そんな状況の中で、私に正面から体を向けた花ちゃんは「後片付けは『ホウカゴ』が済んでからしますから、このままにしておいてください」と言われてしまった。
せめて何か役に立ちたいと思う私の心を見抜いたのか、花ちゃんは「大丈夫です。かなり弱い気配しか感じませんから、確実に凛花ちゃんの作ってくれた『アイガル』のシステムで弱体化出来ていると思います」と笑む。
けど、私にはそれが気休めにしか聞こえなくて、上手く笑みを返すことが出来なかった。
「すぐに片付けてきますから、月子お姉ちゃんと待機しててくださいね」
「でも……」
「帰る場所を護ってくれる人も大事だって凛花さんにはわかりますよね? それに、凛花さんは切り札なんですから、いきなり最初から切ったりは出来ないですよね?」
私を説得するための言葉だとわかる花ちゃんの言葉を否定してしまっては、無駄に時間をとらせて足を引っ張るだけなので、納得は出来なくとも頷く。
唇を軽く噛んでから「気をつけていって来てください」と伝えると、花ちゃんは「もちろんです。お任せください」と優雅に頭を下げて踵を返した。




