拾陸之拾壱 問答
新たな私の部屋から顔を出して廊下を見ていた舞花ちゃんがこちらに気付くなり「あ、きたきた!」と声を弾ませて廊下に飛び出てきた。
「運ぶの手伝うね!」
そう言って駆け寄ってきてくれた舞花ちゃんに、私が運んできた天ぷらの載った大皿の一枚を渡す。
悪戦苦闘の末、揚げた私作のかき揚げの他、ちくわ天にエビ天、イカ天とラインナップは豊富だ。
ほとんど花ちゃんの作品だけど、私が揚げたモノが含まれているので、運ぶのを任せて貰っている。
ちなみに、花ちゃんはお蕎麦、東雲先輩は寸胴の入ったつゆを台車で運んでくれていた。
「はい、持ってあげるわ」
舞花ちゃんに続いて、やってきた結花ちゃんも手を出してくれたのだけど、私の受け持ちは後一枚しかなかったので「じゃあ、お願いします」と渡して、私は花ちゃんの運ぶお蕎麦を手伝うことにする。
「花ちゃんの運んでるおそばお手伝いしますね!」
東雲先輩がゆであがりから氷水でしめて、並べるまでを手がけたお蕎麦は、一束一束綺麗に丸めておかれていて、仕事の丁寧さから、性格の真面目さが伝わってくる仕上がりだった。
天ぷらをまかせて貰ったので言わなかったけど、自分でも理由はわかっていないけど、なんだか運びたかったので、花ちゃんが渡してくれたのが凄く嬉しい。
東雲先輩の運んでいるつゆは、部屋の中にお蕎麦を届けてから、手伝おうと思って足早に歩き出したところで、志緒ちゃんとすれ違った。
「まーちゃん、つゆ運ぶの手伝うよ」
気軽な口ぶりで言い放たれた志緒ちゃんの言葉に、私は思わず振り返る。
私の反応を目にしたからであろう東雲先輩は、志緒ちゃんを観た後で私を見てから「いや、大丈夫だ」と断わってしまった。
断わられるとは思っていなかったのか、志緒ちゃんは「え?」と驚きの声を上げる。
私もあの気遣いの達人とも言うべき東雲先輩が断わるとは思わなかったのでとても驚いている……のだけど、心のどこかでそれを歓迎するような嬉しく思うような気持ちがあった。
思いがけない自分の心の動きと、その内容のひどさに嫌悪感を抱き始めたところで、東雲先輩は志緒ちゃんに「その代わり、部屋のドアとか抑えておいてくれ」と依頼する。
志緒ちゃんは「あ……うん」と曖昧な反応を示した。
どうも納得してないみたいだなと思う反応を目にした東雲先輩は「つゆは結構な量があって重いけど、二人だとバランスを崩しかねないからな……手伝って欲しいのは山々だが、一人で運んだ方が零さなくていいと思うんだ……リン化の引っ越し前に部屋を汚すわけにはいかないだろ? だから、志緒には通路の確保をして貰いたい」と更なる言葉を言い加えた。
そこまで説明したのが功を奏したのか、志緒ちゃんは「了解、そういうことね!」と大きく頷くと、くるりと踵を返し部屋のドアまで駆けていく。
「じゃあ、皆、この志緒ちゃんがドアを押さえている間に、入っちゃって!」
大きく手を振りながら言う志緒ちゃんに、私は「あの、多分なんですけど、そこ、私の部屋ですよね?」とツッコミを入れてみた。
すると、志緒ちゃんは「リンちゃん! 引っ越しパーティーが終わるまで、部屋は引き渡されないのがここでのしきたりなのよ」と言い切る。
「え!? そうなんですかっ!」
予想もしていなかったしきたりに私が驚くと、すぐに東雲先輩が「そんなしきたりはない」と否定した。
「こら、しーちゃん、凛花ちゃんを揶揄わないの」
呆れ顔で言う花ちゃんを見て、恥ずかしくなってしまった私は「志緒ちゃん!」と怒りをぶつける。
私はそれなりに本気で怒ったのに、志緒ちゃんはギュッと手を組み合わせて「ゴメンなさい。リンちゃんが純粋無垢な少女だってことを忘れてました」と言い放った。
「ちょっと、志緒ちゃん、それってちゃんと謝ってますか!?」
思わずそう尋ねてしまった私に、志緒ちゃんは吹き出してから、真面目な顔を作って「もちろん」と言い放つ。
「全くもって、信用出来ないんですけど!?」
私の返しに、浮かべていた真面目顔は綺麗に吹き飛んで、志緒ちゃんはお腹を抱えて笑い出した。
笑いは花ちゃんにも伝播し、ついには東雲先輩まで笑い出す。
皆が笑う状況に「なんですか、皆揃って!」と抗議の声を上げたものの、笑いが収まる気配はなかった。
打つ手のない状況に私の口からは「むぅ~~~」という唸り声が零れ出る。
「君たち、そのくらいにしなさい」
不意に背後から聞こえた声に振り返ると、底には月子先生と雪子学校長の姿があった。
「これからお祝いをするのに、主役を苛めるのは趣味が悪いぞ」
月子先生の笑みとともに放たれた一言に、まず東雲先輩が「凛花、笑って済まなかった」と謝ってくれる。
それだけで、全部許せる気分になった私は、かなりチョロいなと自覚しつつも、花ちゃんと志緒ちゃんの謝罪も受け入れた。
正直、笑われているのが居心地が悪かっただけで、怒ってるわけでもない。
「今後は揶揄ったり笑ったりしないでくださいね」
皆にそう告げて手打ちにした私はなかなか大人だったんじゃ無いかと良い気分になりながら、未だ確認していない新居へと足を踏み入れた。




