拾伍之伍拾捌 認識の掛け違い
「もし、エネルギーに戻してしまったら……その、リンリン様の人格が、き、消えちゃったりしないですか?」
不安で気持ちが陰るのを感じながらも、私は自分の頭に、閃くように浮かんだ可能性を口にしてしまっていた。
自分でも具現化のメカニズムはよくわかっていないのもあって、ちゃんと元に戻せるかに確信がない。
もちろん、記憶レコーダーやアイガルのゲーム機のようなモノなら、一度エネルギーに戻しても、元通り再出現させられる自信はあった。
けど、リンリン様は確かにヴァイアという精密機械だけど、ちゃんと意識がある。
一度エネルギーに戻して再度ヴァイアの姿に変えれば、不具合を直すことは出来ると思うけど、エネルギーの状態を経たリンリン様の意識というか、人格がそのまま維持されるかどうかには確信がなかった。
決して長い付き合いというわけではないけど、それでも意思疎通を何度もしてきたリンリン様が、消えてしまったり、別の人格になってしまうのを、私は多分受け入れられないと思う。
その事が私に選択を躊躇わせるし、実行しようという気持ちにブレーキを掛けていた。
心の中に大きく根を張った不安感で、決断が出来なくなってしまった私は、リンリン様に意見を変えて貰いたいと思いながら「このままだと、エネルギーに戻して、再構築するのに不安があるから、辞めておかない?」と声を掛けた。
対してリンリン様は平然と『心配は無用じゃ』と言い切った。
その上で、私を真っ直ぐ見て『主様がわらわの存在をあるものとして捉えているならば、わらわの意識が消え去ることはないのじゃ』と言う。
リンリン様の言葉の裏に感じる信頼がもの凄く重たく感じてしまった。
それが、よりイメージに悪影響を与えるんじゃないかという予感を強くさせる。
成功よりも、リンリン様の意識が消えるか、あるいは別の子になってしまうんじゃないかという不安でイメージが塗りつぶされてしまったのを認識した私は「リンリン様の意識が消えてしまう気がしてなら無いので、辞めましょう」と、気付けば口にしてしまっていた。
にも拘わらず、リンリン様は『心配は要らぬぞ。主様』と言うだけで、同意はしてくれない。
どうしてわかってくれないのだろうというざわめきが心の中で強まったところで、月子先生が「割って入ってすまない」と声を発した。
思わず視線を向けると、月子先生は優しげな目線を向けた後で軽く頷いてくれる。
それだけで少し不安が晴れたような気がした。
少なくとも、深呼吸をして気持ちを落ち着ける程度のアクションを起こす余裕を取り戻せた私は、息を吐き出しつつ改めて月子先生を見る。
力強く頷いてくれた月子先生は「凛花さんは自分の能力で事故を起こしてしまい君の意識を消してしまうことを恐れているようだ。私も好奇心が強い方だから、試してみたいという気持ちはあるが、ここは凛花さんのためにも、一端、エネルギー状態を挟んでの再構築は白紙に戻せないだろうか?」とリンリン様に言ってくれた。
対してリンリン様は月子先生を見たままの状態で固まった後で、ゆっくりと私に振り向く。
視線が交わったことで、妙な緊張感に包まれた私に、リンリン様は『どうにも認識のすれ違いがあるようじゃな』と口にした。
「認識のすれ違いですか?」
リンリン様に首を傾げながら月子先生が尋ねた。
ゆっくりと頷いてから、リンリン様は『わらわ達は主様の神格によって生み出された眷属なのじゃ。今宿っているこの機械の体はただの依り代に過ぎぬのじゃ』と言い放つ。
「へ?」
想像もしていなかったリンリン様の発言に頭が追いつかなかった。
だが、リンリン様はそんな私のリアクションなど気にも留めず話を続けていく。
『主様に直して貰うのは、あくまで依り代じゃからな。わらわのこの魂が消えることはもちろん揺らぐこともないというわけじゃ』
リンリン様の話を聞いて、正直安心した。
けど、リンリン様の話の中には到底流せない部分があり、そちらの方が問題なんじゃないかと思えてしまう。
いっそ触れないでおこうかとも思ったけれども、すぐにそういうわけにもいかないなと思い直した。
「えーと……リンリン様」
『なんじゃ、主様?』
「眷属って、なんですか?」
私の問い掛けに、リンリン様は少し固まった後で『簡潔に言うと魂の親子かのぉ?』と首を傾げる。
「り、リンリン様もわかってない?」
目を瞬かせながら私がそう口にすると、リンリン様は『適当な表現が難しいだけじゃ』と不機嫌そうに言い返してきた。
「な、なるほど」
私の返しが気に入らなかったのか、リンリン様はお知りを高く上げて今にも飛びかかりそうな体勢を取る。
この緊迫した空気の中で、月子先生がリンリン様に問い掛けた。
「眷属というのは、魂を分け与えられた分霊という認識で合っていますか?」
月子先生の問い掛けに、リンリン様は『その通りじゃ!』と強めに肯定する。
「となると……凛花さんは、魂の上ではかなり神様に近い存在ということになりますか……」
「……え?」
私が声を漏らしたタイミングで、月子先生が真剣な表情でこちらに視線を向けて来た。




