拾伍之伍拾漆 奇策
「お、おお」
私の変化が順調にいっているのだろうか、月子先生からは驚きと感嘆が混じったような声が聞こえてきた。
集中のために、目を閉じてしまっているので、どんな表情を浮かべているのかはわからないけど、少なくとも注目してくれてはいると思う。
そう考えるだけで、口元に笑みが浮かびそうになったモノの、それを知られるのが少し恥ずかしい気がして、私は唇に力を入れて、笑みの形にならないように踏み止めた。
そんな自分でも目的のわからない抵抗をしている間にも、耳やお尻の上に集まったエネルギーは熱を放ちながら、これまでなかった器官を生やし、あるいは器官の位置を変える。
時間がたつ毎に放たれていた熱は徐々に失われていき、耳の位置が変わり尻尾が生えたことが実感出来るようになった。
キュッとお尻に力を込めると、その先に存在している尻尾が左右に大きく振れるのがわかった。
耳の方も、意識を集中させることで、ピクピクと動くのが感じられる。
しばらく感覚を確かめていると、いつの間にか目の前まで移動してきていた月子先生が、好奇心で満ちた目で、私の尻尾や耳の動きを追っているのに気が付いた。
「あ、あの、月子先生?」
私が声を掛けると丁度尻尾に顔を振れそうな程近づけていた月子先生が「ん?」と声を漏らす。
ただ、それ以上言葉が続くことはなく、私は仕方なく「尻尾が気になるんですか?」と問い掛けてみることにした。
すると、月子先生からはほんの少しの間も置かずに「気になる!」とストレートな答えが返ってくる。
思わず聞いた私の方が気圧されてしまった。
どうにか「そ、そうなんですね」と、引き気味に口にした私に、月子先生はグイッと顔を近づけてくる。
月子先生は「とても、ぶしつけな話だが、その、触ってみてもいいかな?」と尋ねながら、ジッと尻尾を追って目を動かしていた。
ちょっと力の入れ方を変えて、尻尾の動きを変えると、それに合わせて月子先生の目や顔の動きにも変化が起きる。
その反応の良さに面白いなと思っていると、月子先生から「私の反応をい見て楽しんだのだから、触るぐらい許して欲しいのだが?」という言葉が飛び出した。
思わず、田鹿にと思ってしまった私は「わかりました」と同意する。
直後、月子先生は一瞬の躊躇も無く、両腕を伸ばして勢いよく尻尾に抱き付いた。
全身に電撃が流れたかのような強烈な刺激が走り、私は気付けば「ふぇっ!?」と変な声を発してしまう。
が、私の反応など知らないと言わんばかりに、月子先生は尻尾を抱きしめた腕に力を入れたり緩めたりしながら、尻尾を大受けの中に顔を埋め始めた。
緩急をつけて、尻尾に力が加わることで、ゾゾゾと背筋を逆撫でされたような居心地の悪い感触や、一気に力が抜けてしまいそうなくすぐったさと気持ちよさが混じった感触と、様々な感覚が脳へと発せられ突き抜けていった。
思わず手を緩めて欲しくて呼びかけたが「つ、月子、センセイッ!?」と後半は声が裏返ってしまう。
そんな私に対する月子先生からの反応は、まるでこちらを配慮していなかった。
ただただ嬉しそうに「君の尻尾の毛並みは最高だね! 弾力もあるし柔らかさもある抱擁感も感じるし何より温かみがある。これは危険だよ、危険すぎる!」と興奮気味にまくし立てる。
これは止まらないヤツだと悟った私は、切り札を切ることにした。
「まったく……流石に怒りますよ」
私の言葉に、月子先生は「済まなかった」と深く頭を下げた。
真剣に謝ってくれているのは伝わってきたので、私はここで切り上げることにする。
「本当に注意してくださいね」
私の言葉に頷いた月子先生は「すまなかった」と改めて頭を下げた。
頭を下げた月子先生から、私は視線をリンリン様に向ける。
「リンリン様助かりました」
私が切り札として切ったのは、ドローンで撮影してくれているリンリン様達に助けを求めることだった。
思考を読み取ってくれていることを利用して、月子先生を止めて欲しいと訴えると、すぐにリンリン様が動いてくれたのである。
暴走状態の月子先生を、リンリン様は体当たりすることで、我に返してくれたのだ。
「体におかしなところはないですか?」
一応、普通の動物のように動くリンリン様だけど、その実態は亜イアという精密機械である為、どこか壊れてしまっていないか、多少不安がある。
だからこその質問だったのだが、リンリン様は少し間を開けてから「自己診断では無いと思うが……」と少し引っかかりを感じる答えを口にした。
私は胸の内のし不安が少し増したのを感じながら「どうかしましたか?」と尋ねると、リンリン様は今度は間を置かずに答えを口にする。
「思うのじゃが、今一度、わらわをエネルギー体に戻してから、悪いところを直すイメージを浮かべて、改めてこの姿にしてくれれば、気付かぬ不具合も修正されるのではにかと思うのじゃが?」
サラリととんでもない提案をするリンリン様に驚かされた私は、思わず目を丸くして、固まってしまった。




