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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第参章 下地構築
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参之拾陸 ケイショウ

「またあとで、い、いっぱいお話ししてく、ください……その、同じ学年だし!」

「う、うん」

 少しぎこちない会話を交わした後で、志緒さんも自分の席へと戻っていった。

 その一連に茶々を入れる人はいなかったけど、雪子学校長を含めて皆の笑みを含んだ視線が少し恥ずかしい。

 居心地が悪くて視線を巡らせていると、たまたま立ち上がる東雲くんの姿を視界に捉えた。

 相変わらずの美人ぶりに、思わず見とれそうになった私だが、彼はその視線に気付いているのか、いないのか、とても自然な動きで黒板の前まで移動すると無言のままでチョークを握った。

 余り音を立てない柔らかな手つきで、東雲くんは自分の名前を書き上げる。

 線の細い繊細な筆致で書かれた『東雲雅人』の四文字は、私や雪子学校長を含めた誰よりも美しかった。

 問題集に書かれている文字も綺麗だなとは思っていたけど、人文字の大きさがまるで違う黒板に大きく書かれた文字ですらバランスを崩しておらず、思わず「はぁ~」と感嘆のため息を漏らしてしまう。

 そんな私の反応に疑問を抱いたのか、東雲くんが首を傾げたので、私は何故か悪い印象を抱いて欲しくなくて、慌てて溜め息の理由を口にした。

「あの、とっても綺麗な字だったから、思わず声が出てしまって」

 私がそう伝えると、東雲くんは視線を逸らしながら「そうか」と頷いてくれる。

 東雲くんの反応からして、悪い印象は持たれていなさそうなので、私は安堵した。

 急に褒めたので変なヤツとは思われていそうだけど、彼は唯一の同性……精神的な意味で、同性なので出来れば嫌われたくない。

 私は黒板に書かれた彼の名前を見ながら、呼び方を模索してみた。

「えっと、東雲……先輩?」

 東雲くんは、私がそう口にした瞬間、バッと私の方を振り返る。

 そこで私は今更ながら、身長が逆転して見上げる形になっていることに気が付いた。

 思わず、目を瞬きさせて、東雲くんは背が高いなと余計なことを考えてしまう。

 一方、何故か東雲くんは眉を寄せ、怪訝そうな表情を浮かべていた。

 その顔を見て、私が未だ東雲くんの学年を聞いていない事に気が付く。

「あ、あの……せ、制服。黒の男子制服は中学生だって聞いていたから……」

 慌ててひねり出したものの、矛盾のない理由を口に出来た。

「だから、先輩って呼んだん、ですけど……」

 駄目かなと思いながら、顔を上げずに、視線だけを上に向けて東雲くんの反応を見える。

 そんな私と視線の合った東雲くんは、すぐに顔を逸らしてしまった。

 友好関係が上手く気づけないかもという嫌な予感で、気持ちがシュンとしてしまう。

 気持ちに引き摺られるように視線を落とした私の耳に、東雲くんの声が響いた。

「よ、呼び捨てで良い」

 少し詰まった言い方で、東雲くんも緊張しているんだなと、察した私は、嫌われたわけじゃ無かったと、その返し一つで嬉しくなってしまう。

 ただ、東雲くんは呼び捨てを要望しているけど、私は呼び捨てが苦手なので、それは出来ないと伝えねばならなくなってしまったことに気が付いた。

「あ、あの……」

「なに?」

「呼び捨て……慣れてからでも、いいですか?」

 再び視線だけ東雲くんに向けて様子を覗うと、彼は少し困った顔をする。

 それから、視線を逸らして、代わりに右手を私の顔の前に差し出した。

 差し出された右手は、小指だけが立っていて、皆とした指切りが、自然と頭を過る。

 東雲くんが徐々に呼び捨て案に同意してくれたんだとわかった私は、飛びつくように彼の右手の小指に自分の小指を絡めた。

「慣れたら、呼び捨てにしますね、先輩!」

 指を絡めて数度上下させたところで、そう言って視線を再び向けた東雲くんは、困惑に近い表情を浮かべている。

 そこでようやく、私はその理由に予想が付いた。

「あ、えっと、東雲さん……東雲くん、とかが良いですか?」

 呼び捨てを拒否してしまっているので、これ以上東雲くんにマイナスな印象を与えないようにと、私は思い付く敬称を並べてみることにする。

「……東雲殿とか、東雲様とか……」

 反応が見られなかったので、更にいろいろ口にしてみると、東雲くんは「先輩でいい」と答えを示してくれた。

 私は反応が返ってきたことにホッとして、満面の笑みで東雲先輩の手を握って挨拶をする。

「わかりました、よろしくお願いします、東雲先輩!」

 すると、東雲先輩は視線を左右に泳がせつつ、口を少しパクパクさせてから、私の方を見た。

「よ、よろしく……」

 そこまで言ってから東雲先輩は、続く言葉を探るように口を開こうとしては閉じるを繰り返す。

「リン……うの……」

 私を名前で呼ぶか、名字で呼ぶか、迷っているのは感じられるけど、東雲先輩が呼びやすい呼び方にして貰った方が良いので、手を握ったまま、結論が出るのを待った。

 少し握りあった手に湿り気を感じる程度に握りあったところで、東雲先輩はゴクリと喉を鳴らす。

 それから「よろしく、後輩」と口にして、私はそれに笑顔で応えつつ頷いた。

「こちらこそです」

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