壱之伍 放課後には関わるな
「さて、林田くんには、ここの教師として赴任する前に、いくつか我が校の特殊な事情を知っておいて貰いたい」
雪子学校長はそう言いつつ、元の椅子へと座り直した。
まず、学校長が特殊ですけどね!と、心の中ではツッコミを入れつつも、表面上は平静を装える程度には、ポーカーフェイスである。
こっちを見ていた花子さんが顔を逸らしたけど、僕のポーカーフェイスが出来ていなかったとかの類いではない……ハズだ。
ともかく、気持ちを引き締め直して、改めて雪子学校長に視線を向ける。
「基本的にだが、長期休暇を除き、この学校及び寮を離れることは許されていない」
とても現代の学校とは思えない内容だが、これは事前に教授からも説明を受けていたので、僕は頷きで応えることにした。
理由としては、学校の立地的に市街地からもの凄く遠いこと、実際にここへ来た時のようにタクシーでも頼まなければ、とても気軽に行き来出来る距離では無い。
食事は寮で用意してくれるらしいし、買い物はネット通販も出来るらしいので、その辺もそれほど抵抗はなかった。
何より、教師として、生徒に真っ直ぐ向き合う為にも、雑音になりそうなものは、遠ざけておくに限ると僕は考えている。
まあ、実際に教師として働いたことの無い僕の考えなんて理想論で、実際の現場に立てば、気を紛らわせるような息抜きの場所なり方法なりは必須だと先輩は言っていた。
あと、教授から聞いてぞっとした許可無く離れてはいけない理由としては、以前働いていた前任の教師が、遭難する事件も起きているらしい。
一応古い新聞や、この地域の郷土資料を読んで確認したが、教師遭難の事件は起きているので、ウソや脅しだけではなさそうだ。
「生徒の為に何が出来るか考えられる時間が増えて集中出来ると思っています」
雪子学校長にそう伝えると、一度頷いてから「それは、良い心がけだが……」と不意に声のトーンを落とす。
なにか気に障るようなことを言っただろうかと、雪子学校長の態度に注目した。
すると、何故か目を閉じた雪子学長は、そのままフゥッと長めに息を吐き出す。
明らかに気の重いことを口にしようとしている気配に、僕は気付けば唾を飲み込んでいた。
「午後の授業終了後から、夕食までの……放課後には子供達に関わらないように」
僕としては『子供達にのめり込みすぎないように』と忠告されるのでは考えていたのだが、微妙に違うニュアンスに強い違和感がある。
教え子に過干渉になるべきでは無いというのは、教授や教育実習先、先輩など様々な場所で習ってきたところで、実際訓示として繰り返し現場で言われることも多いと聞いていた。
でも、雪子学校長は、時間を限定したのである。
解釈の仕方では、放課後以外は過干渉でも良いような口ぶりにも思えた。
そんな僕の思考がどの程度読まれていたのかはわからないが、雪子学校長はゆっくりと口を開く。
「この学校は公立とはいえ、かなり特殊な学校だ。小学生であってもこの学校の寮に寄宿している。それは家族から離れて暮らしているということだ」
雪子学校長は敢えて言わなかったのだろうけど、つまりは家族と暮らせない事情がある子達ということだと僕は直感した。
「大人とて、家族と離れて暮らすのは寂しいものだ。子供ならなおさらだろう」
チラリと花子さんを見ながら、雪子学校長はそう言葉を結ぶ。
僕はこの話を聞いて、雪子学校長は過干渉になることを否定していないと感じた。
環境が決して恵まれているとは言えない子に寄り添う事を望んでいるように思える。
とすれば、学校を許可無く離れないという決まりにも、むやみに学校を離れることで子供達を不安にさせないようにという意図があるかも知れないと思えた。
確かに、一応成人していて、自由になるお金がある僕はともかく、寄宿している生徒達にその自由があるとは思えない。
羨ましいと思われたり、まあ、夢を見過ぎな気もするが、寂しがられることだってあるかも知れないと考えると、より頷けると思えた。
一方で、強調された『放課後の接触を避けるように』という指示の異質さが増してくる。
と、そこまで考えて、僕は気持ちを改めることにした。
この先どうなるかわからないし、未だ子供達に会っていないのにいろいろ考えたところで無駄だと気が付いたのである。
考えなしもどうかとは思うけど、変に考えすぎて想像を膨らませすぎても失敗するので、出たとこ勝負に出ることに決めた。
だから、疑問は一旦棚上げにして、僕なりの気持ちを言葉にする。
「初めての教職で、子供達にどれだけのことをしてあげられるかわかりませんが、林田京一全力を尽くします!」
一大決心を込めた僕の宣言は、悲しいことに雪子学長の笑いを引き出してしまった。
「ははは。林田くんは昭和の教師を思い起こさせるね。熱血漢は好感が持てるよ。はははは」