拾伍之肆拾壱 スタート
これまで具現化の時は、体中から手の間に放出するエネルギーの流れを感じていた。
けど、力を引き出そうと順番に力を込めていた感覚で言うと、一筆書きのように私の体の輪郭に沿ってエネルギーが回っている……循環しているような感触がある。
しかも、巡る程に力が満ちている感覚があった。
周回を重ねる毎に、力強さが増して、その状態で力を込めれば、より一層強い力がこもった気がする。
気のせいか、あるいは思い込みかもしれないけど……もし、そうじゃなく、ただの実感だとしたら、もの凄い力を引き出せるんじゃないかという気がしてきた。
ほんの少し前に言われた月子先生の『中学二年生の域』という言葉が同時に脳裏に浮かんできたけど、本当に力が急増していたなら『中二病』にはならない。
そう考えた私に、天啓のように『ならば証明するしかない』という言葉が閃いた。
やる気に拳を握っていると、本当に微かな声で「その思考の流れが中二病だが」という月子先生の声が聞こえてくる。
思わず振り返ると、慌てて口を塞ぐように両手を口元に重ねた月子先生の姿が目に入った。
しばらくお互い黙したまま見つめ合ってから、月子先生はゆっくりと手を離し「君の狐耳は随分と感動が良いようだね。正直聞こえるとは思って無かったよ」と言い放つ。
申し訳なさを多少臭わす苦笑いだったが、私からは言えることがなく、結局黙り込むことしか出来なかった。
余計な見つめ合いと沈黙の時を挟んだものの、いよいよ本番を迎えることになった。
気持ちの上では、間に妙に冷める時間を挟みはしたものの、情熱自体は途切れず、早く挑みたいという強い思いが私の中で蠢いている。
まずは、能力全開と身体能力を引き上げただけの動きで、振り切ってみる事を考え、エネルギーを体の中で循環させた。
恐らく、限界だろうというところまで、力強さが全身に広がったところで、私は月子先生に「いつでも、始められます」と報告を挙げる。
「オリジンは大丈夫かな?」
視線をリンリン様に向けながら月子先生は問い掛けた。
『いつでも良いそうじゃ』
リンリン様からの返答に頷いた月子先生がこちらに視線を向ける。
意識を集中させたせいか、月子先生が何か言おうとして動かした口の動きが突如スローモーションになった。
にも拘わらず、その口が発した「始め!」という合図の言葉は、ゆっくりになることなく耳に入ってくる。
一瞬、自分の身に起きた不思議現象に気持ちを奪われそうになったモノの、私の意識とは切り離されているかのように、体の方は駆け出す姿勢に移っていた。
月子先生の口だけでなく、私の体の動きもスローモーションになっている。
最初はそう考えたのだけど、どうもそうではないようだ。
周囲の状況を確認しようと視線を動かそうとしたのだけど、その動きがもの凄く遅い。
駆け出すために姿勢が低くなる体に新たな動きは指示出来ず、視界に捉えている月子先生も口以外は微動だにしていなかった。
回りが遅いのではなく、私の思考だけが加速しているらしい。
そう気が付いた私は、瞬時に複数の思考を重ねた場合、オリジンのシステムは全部『認識しきれるのだろうか?』という新たな疑問に至った。
が、同時に、それによって過負荷が掛かり、システムがダウンする可能性もあるんじゃ無いかという懸念にも気付く。
直後、この状態での思考は危険だと判断した私は、校則施行で複数を次々考える実験は月子先生と相談してからにすることにいて、今は最初の動きをこのキツネ人間の姿で再現することに専念することに決めた。
体が下がり重心が十分に低くなったところで、足に蓄積させていたエネルギーを爆発的に解放して、前方へ飛び出すイメージをゆっくりとした時間の流れの中で強く意識した。
意識してから反映されるまでには時間が掛かるものの、体はしっかりとイメージ通りに動いている。
しかも、元の人間の姿の時は感じられなかった筋肉の収縮状況も、おおよその状況が認識出来た。
ため込んだエネルギー、筋肉の収縮を一気に解放に切り替わるタイミングが伝達されてきた直後、視界に変化が起こる。
目に見えるモノ全てがスローモーションになっていたのに、前に向かって進み始めた視界の変化は通常通りに見えた。
ぐぐっと全身に圧が掛かるのを感じて、ようやく、前方への移動が早すぎて、目に映る視界の変化が通常の移動で見る光景と変わらなく映っているのだと理解する。
ただ前に飛び出すことに専念している体に、短距離走の時のように呼吸を止める指示と口を閉じる命令を出した。
それが反映されるまでにどれほど時間が掛かるかわからないが、左足が床を離れ前へと移動を開始する。
一方、唯一の地面との接点となった右足に力がこもると共に、更に視点が下へと下がった。
後ろに引いていた左足の膝が、右足を抜き去ったタイミングで、ため込んでいたエネルギーを右足が解放する。
スローモーションになっている足の運びが、普段歩いている時のような感覚で認識出来ていることに、私は興奮を覚えつつ、振り抜かれた左足の裏が床を掴む瞬間を感じ取った。




