拾伍之弐拾壱 心配
「誰もそばにいない時は、基本的に封印のブレスレッドを外さないこと……ただし、凛花さんが緊急性を要すると判断した場合は、取り外しは認めるが、外す時間は可能な限り最小限とする」
言い含めるように月子先生は私をジッと見ながらルールを口にしていた。
私は「はい」と頷く。
「次に、放課後の『アイガル』や人形に意識を飛ばす実験に、凛花さんは参加せず、私と雪姉のどちらかの立ち会いで、能力の制御の訓練、あるいは制御用の道具の開発を行う」
これまで放課後に行っていた実験は、神世界の『種』を弱らせることがほぼ立証されているので、花子さん立ち会いの下で継続となった。
一方で、まず私は周囲の願望を受容する能力をコントロール出来るようになる訓練や封印の効力をよりピンポイントに絞った道具の開発を行う。
実験中の暴走の可能性を考慮して、雪子学校長か月子先生が必ず立ち会う形で進めることになった。
封印をピンポイントにするのは、私の創造能力は皆の安全を確保するためにも、新たな技術を生み出すためにも欠かせないからである。
一応、国の機関であるので、この学校をより良い状態で維持するために、研究成果は多い方が良いというのが裏にあるのだが、流石にこれは皆には伏せていた。
私としては、皆を護るための能力開発をしたいので、手早く完成出来そうな封印の道具作りを優先して、手早く合格してしまいたい。
正直なところ、コントロール出来るように能力を鍛えるというのは、流れとしては理解出来る一方で、完成までの時間がどの程度掛かるのか、そもそも難易度はどの程度なのか、全く予想が立っていないので、封印が出来ている今、その能力の幅を狭めていく方が形になるまでの時間は短いはずだと、私は考えていた。
安易に道具に頼るのは良くないかもしれないけど、私は自分の能力で皆を支えるようになりたい。
多少ずるくても、能力開発のスタートラインに早く戻りたいので、私は封印道具をより早く完成させるつもりだ。
「ねぇねぇ、リンちゃん。なんか困ってることはない?」
教師に戻る廊下で、舞花ちゃんにそう話しかけられた。
私は何故そんな質問をされてるんだろうと思いながら「特にないですよ」と返す。
舞花ちゃんはちょっと視線を彷徨わせてから「その……」と言いながら私の手首に視線を向けた。
「封印のブレスレットですか?」
視線を追い掛けた先にあったブレスレットを舞花ちゃんに近づけるようにしながら尋ねてみる。
すると、舞花ちゃんは「えっと、ね。その、封印って、リンちゃん苦しかったりしないのかなって、思って……」と困り顔を浮かべた。
上目遣いと困り顔で、舞花ちゃんが私を心配してくれているのだと確信した私は、胸が熱くなる。
感情のままに泣きながら抱き付きそうになる衝動を堪えたところで、私は『封印が弱まっているのでは?』と思い、ハッとした。
気付いたならば確認せねばならないと、舞花ちゃんに「ちょっと待ってくださいね、舞花ちゃん」と伝えてから、私は手っ取り早く背中に翼を生やしてみる。
結果、幸いにもというべきか、残念ながらというべきか、翼が出現することはなかった。
私は続けて、人形サイズの分身、新たな『アイガル』用の人形を具現化させてみる。
目を閉じて意識を集中するが、視界は黒一色のままで、イメージすら浮かび上がらなかった。
更に、雨も火も出そうとしたけど、どちらも出現することはなく、私にとって恐るべき、事実が浮き彫りになってしまう。
つまり、封印の効果が切れたわけでなく、感動して舞花ちゃんに抱き付きたくなったのは、単純に私の打ちから生まれた衝動であり行動だということだ。
「リンちゃん?」
認めたくない自分から湧き出た感情だった事実を前にして、硬直していた私に、舞花ちゃんが声を掛けてきた。
その声で、我に返った私は「な、なんでもないよ」と声が上擦ってしまう。
当然、舞花ちゃんは心配そうに眉の間の皺を深くして「無理は駄目だよ?」と目を瞬かせた。
心から心配してくれている舞花ちゃんの姿に、私は黙っていられなくなって「……心配してくれる舞花ちゃんに感動して、嬉しくなって抱き付きたくなってしまったんですけど……えっと、封印が弱まったせいかなと思って……でも、ちゃんと封印は出来ているようで、前は思ったことのない感情に戸惑ったと言いましょうか、上手く受け入れられなかったと言いましょうか……」と言葉を重ねるうちに、自分でも何を言っているのかわからなくなる。
そんな私に対して「どうぞ!」と満面の笑顔で舞花ちゃんは両手を広げた。
「え?」
思わず目が点になった私に、舞花ちゃんは「リンちゃんはいろいろ考えすぎなんだよ! だから、抱き付いて良いよ!」と言い放つ。
「で、でも……」
思わず後退ってしまった私の手首を舞花ちゃんは素早く掴んで「舞花がして欲しいから、お願い、リンちゃん」と笑った。
そのまま振りほどくのも違うと思った私は、意を決して一歩踏み出す。
舞花ちゃんが握っていた手首を離したのを切っ掛けに、私は可能な限り柔らかく腕を回して抱きしめた。




