拾伍之拾漆 可能性
「なぜ、考えすぎだと?」
これまでの話から考えて、状況や条件はかなり過去の事例に沿っていると私には思えた。
前提が月子先生の話だけなので、そこが揺らぐと成り立たない話ではある。
もしかして、私に話してないこともあるのだろうかと、視線を向けると、月子先生は「雪姉が、君や生徒達の命を脅かしかねない事象なのに、相談や報告の類いをしていないんだ」と目を細めながら言った。
確かに普段の雪子学校長から考えると、死滅事件に関連するような何様なら、率先して阻止に回りそうな気がする。
月子先生の言うとおり、まともなアクションを起こしていないというなら、確かに疑問を感じるのも頷けるところだ。
雪子学校長にアクションが見られないから、安全あるいは問題ない可能性と、自分で調べた過去の状況の一致具合、月子先生が判断に悩むのも当たり前だと思う。
「確かに、雪子学校長が行動を起こしていないのは気になりますね」
私が頷くと、月子先生は「まあ、私の考え杉なら良いが、流石に状況が類似しすぎていてね……」と苦笑いを浮かべた。
考えているうちに、気になった点が浮かんできたので、私は直接尋ねてみることにする。
「ところで、死滅事件の件は、雪子学校長と情報共有をしているんですか?」
私の問いに、月子先生ははっきりと体を震わせた。
ラインを踏み越えた問いになったのだと確信しながらも、私は視線を外さず月子先生の答えを待つ。
「……この関連性に気付いた時に、まずは君の能力の封印をしなければならないと考えたからね……未だ、共有はしていない」
どこか歯切れの悪い言い回しに、私は月子先生が言い難いであろう方向に踏み込んだ。
「雪子学校長が死滅事件を知っているなら、何故、動かないのか……そこに疑問というか、思惑を感じているんですね?」
私が敢えてそう問い掛けたのは、一人では踏み込みたくても、気持ちがブレーキを掛けてしまっていたであろう月子先生の背中を押す為に他ならない。
そんな私の問い掛けを耳にした月子先生は、軽く俯くとそのまま口を閉ざした。
考えているのであろう月子先生を観察しながら、私はその決心が固まる時を待つ。
緊張感を覚える少し緊迫した沈黙は、月子先生が話し出したことで終わりを迎えた。
顔を上げこちらを見た月子先生は、ゆっくりとした口調で話し出した。
「正直、雪姉を疑うつもり……いや、疑いたくない気持ちだ。だが、雪姉が時間を巻き戻せる能力があって、それを行使しているなら、先に起こる出来事……新たな死滅事件を目にしている可能性が高いとも考えいている」
信じたい気持ちとそれを否定する事実に挟まれ、月子先生の表情は今日一番暗く見える。
とても痛々しい表情を辞めさせたいと考えたからか、私の頭の中に一つの仮説が閃いた。
今、浮かんだこの仮説が、月子先生が望んだモノじゃないと確認するために、私は手首に嵌まった封印のブレスレットに触れて、軽く具現化が発動しないのを確認してから「月子先生」と声を掛ける。
こちらを見る月子先生の暗い目に、ギュッと胸を締め付けられる感覚を覚えながらも、私は質問を投げ掛けた。
「雪子学校長って、自分の時が戻る時、記憶を有しているんでしょうか?」
無言のまま月子先生の目が細まる。
だが、こちらから視線を外さないのはきっと続きを求めているからだ。
そう解釈……いや、そう思い込んで、私は続きを口にする。
「時間を巻き戻すってことはですよ。体験したこともなくなるし、考えたこともなくなると思いませんか?」
私の言葉に、月子先生は困惑した様子で「だが……」と口にした。
対して、私は月子先生の言葉もわかるよという思いを込めて頷きつつ、持論を展開する。
「能力者は記憶を持ち込んで、それによって未来を書き換えます。それが物語の核ですから……でも、現実ではどうでしょう?」
私の話を聞くうちに月子先生の目に光が宿り出した。
表情が驚きに変わり、時間の経過と共に、熱を帯び始めている。
「フィクションと現実は違う……雪姉は記憶を持ち越せていない?」
月子先生の呟くような言葉に対して、私は「はい」と同意してから続きを言葉にした。
「那美ちゃんも記憶があやふやになっている部分がありますよね? 体の時間を戻すだけでもそんな影響が出るんです。起きた出来事なんてとんでもないモノを巻き戻したら、どんな弊害が出羽化予想も付きませんよね? 単純に記憶を持ち越せない可能性だけでなく、記憶の混濁などがあれば、逆に行動を起こせない可能性もあり得ませんか?」
まくし立てるような私の考えを聞いた後、月子先生は「……ありうるね」と口にする。
「ですよね!」
私が更に踏み込むと、月子先生は「……とても安心出来るし、縋り付きたくなる医健だ。しかも雪姉の性格から考えれば、慎重を期して多くを語っていない可能性も浮かんでくる」とどこか力が抜けた表情を見せた。
「雪姉が何か企みをしていると疑うより気持ちが晴れる考え方だ……正直、助かったよ」
そう口にした月子先生は浮かべていた安堵の表情を一瞬で引っ込めてから「……最悪も考えておくつもりだけど、これで雪姉に対してアクションを起こせそうだ」と言い加える。
考え方が増えただけで状況は変わってないから油断はしないということなんだろうけど、多少でも、月子先生の気持ちが軽くなったなら、踏み込んだ意味はあったかなと、私は仕事覆えた気分で長く息を吐き出した。




