拾伍之拾陸 連想
「君には伝えておこうと思うが、私は雪姉の能力発動について、正確に認識できていないと思っている」
月子先生の言葉に「どういうことですか?」と、私はすぐに聞き返した。
「本人の報告や状態の変化、私自身の体感などで、時を戻す能力を持っていることや使用したことをある程度は認識出来るが、その正確な使用回数や効果を認識しきれている自信は無い……いや、認識しきれているとは思えない」
淡々と口にしている月子先生だが、沈痛な表情が自分の無力さを嘆いているように見える。
合理的で的確で冷静な判断を下す根幹には、やはり正確な情報が欠かせないわけで、それは大学の頃からも徹底していた。
それが不足していれば、当然、判断を見誤る可能性が出てくる。
判断を下す上で、引っかかりになってしまうのも問題だが、加えて、身内の命に関わることであれば、月子先生の抱える苦悩や無力感はかなり大きいはずだ。
私がそんなことを思っていると、月子先生はこちらに視線を向けて「すまないな」と苦笑を見せる。
「……君の察しているとおり、これはただの弱音だ」
続く月子先生の言葉に、トクンと心臓が大きく反応した。
反射的に『月子先生の力になりたい』という衝動が沸き起こる。
それが自分の気持ちから沸き起こったのか、気持ちを受け止めてしまう能力なのかはわからないけど、どうであっても、答えたいという気持ちで私なりの言葉を月子先生に投げ掛けた。
「認識出来ないなら、認識出来るように、なりましょう!」
私は嵌めたばかりの能力無効化のブレスレットを月子先生に見えるように外す素振りを見せる。
直後、猛烈な衝撃が頭に響いた。
「っ!!」
思わず痛みで目から涙がこぼれた潤んだ私の視界には、こちらに向けて伸ばされた月子先生の腕が見える。
手が見えないのは、チョップの形で私の頭の上に乗っているからだ。
「そうやって容易く能力を使おうとするな、バカ者」
呆れた顔でそう言った月子先生は「気遣いには感謝するが……君はこれまでの私の話を聞いていたのかと問いたくなるよ」と溜め息交じりに言う。
その後で「まあ、それらを踏まえた上での冗談交じりの君の気遣いだと、受け止めておくよ」と付け足した。
言い終えた月子先生が見せる優しい眼差しに、なんだか認められたようで嬉しくなってしまった私は、照れ隠しに抗議を入れておく。
「わかってたなら暴力に訴えなくても良いと思いますが?」
「君、信賞必罰というモノだよ。裏に思いやる心があれば減刑されるのであれば、法律が形骸化してしまうだろう?」
小気味よいタイミングで帰ってきた月子先生の言葉は、私は何よりも安堵を得てしまい、気付けば、不本意ながら「そうですね」と抵抗もなく受け入れてしまっていた。
「正直、魅力的な提案だったよ。そんな計測器が作れるなら、すぐにでもお願いしたいと思った」
呟くような小さな声で月子先生はそう言った。
「じゃあ、いずれ具現化ですね」
私は軽い口調でそう切り返す。
月子先生は、少し間を開けてから「諸々の検証をした上で、計画を立てて挑もう……それまでは先走るんじゃないぞ?」と軽く笑いながら言ってきた。
私は片目を閉じて頭を押さえながら「暴力は出来れば振るわれたくないですからね」と返す。
「君が愚かな独断専行しなければ、私も手を痛めずに済むからね。是非とも自重してくれたまえ」
そこまでまるで取り決められたセリフを言い合う様にテンポよく会話を交わし合った私たちは、同時に噴き出した。
お互いに冗談を交わし合えたと認識出来る程度に、私たちは落ち着けたと思う。
だから、笑いを納めた私たちはお互いに頷き合って、話を再開することを確認し合えた。
「君は『タイムリープ』などと呼ばれるジャンルの作品は知っているかい?」
月子先生の問いに頷きながら「時間を巻き戻して、結果を変えていくような類いの作品ですよね?」と確認してみた。
「あえて詳細や成り立ちには触れないが、その認識なら私と話の齟齬もでないだろう」
そう言って頷く月子先生に、私は「雪子学校長が時間を巻き戻して、状況を変えているということですか」と切り返す。
対して月子背院生は、険しい表情を浮かべて「雪姉は君がプール上空で『穢れ』に接触した時、即座に時を戻したのを覚えているね?」と返してきた。
「はい」
短い私の返事に、月子先生は「『穢れ』への接触は危険だが、それでも即座に時間を巻き戻す以外にも対処方法はあるんだ」と言う。
「じゃあ、あの対応は異例ってことですか?」
「いや、生徒思いの雪姉なら、多少過剰かもしれないが、あり得なくはない行動だったとは思う」
左右に首を振る月子先生を見ながら、私は一つの可能性を閃いた。
その可能性を確かめるために、私は「月子先生の中で、過去の死滅事件に結びついたわけですね?」と問う。
「結びついたのはほんの少し前だけどね……君が皆の願望を元に、本来は存在し得ないような品々を具現化していること、望みに応える形で君が自分の限界を超えているのではないかという疑惑、プールでの穢れとの接触……考えすぎである可能性も拭えないがね」
月子先生はそう言い終えた後で、盛大な溜め息を吐き出した。




