拾伍之拾肆 二の次
「要は周りの人間のイメージ通りに行動や思考まで変わったってことですよね?」
「そうなる」
私の確認の言葉に、月子先生は頷いて肯定した。
その上で、月子先生は「つまり、例えば君に、白が好きだろうと思っている人が好きな色を尋ねれば、君は好きな色は白と答え、赤なら赤、青なら青と答える……そして、答えている時君は本心からその時言われた色を好きになっている……ということだ……」と付け加える。
「よく……わかりましたね……」
その当時の『神様』候補の人の変化に気づけたものだと感心と呆れの混ざったような気持ちで、私は気づけばそう呟いていた。
だが、月子先生はそんな私の発言に対して「いや、気づいていなかったんだ」と言い放つ。
「えっ?」
意味がわからず、戸惑いの声を漏らした私に、月子先生は説明をしてくれた。
「相手に対して答えが変わり、それが本心になっている。その事に気が付いたのは、例の大量死滅事件が起きる直前だった。研究者同士が資料を突き合わせるまで、候補者の変化に誰も気付いていなかった」
純粋に頭が回らない。
月子先生が何を言っているのかが理解出来ないせいで、内容が上手く頭に入ってこなかった。
そんな私の硬直を見ながら、月子先生は説明を続ける。
「自分の研究があって、それに対して理想の答えをくれる対象、順調と思っている人間は、そこに疑念を抱かない」
確信を持ってはっきりと断言された月子先生の言葉に、私は『確かに』と思うことで、思考力を取り戻せた。
そこで回り始めた頭が最初に浮かべた疑問を私は口にする。
「では、どうして、候補者の変化に気づけたんです?」
私の問いに、月子先生は「言ったとおりだよ」と返した。
「資料を突き合わせた結果、違和感に気づいた人物がいた。そこから研究者達の資料や候補者の日誌などを確認した結果、研究者と候補者の考えにズレがあったこと、そして、最終的に、研究者と候補者のイメージが一致したことをおおよそ裏付けるところまで確認することが出来た」
月子先生の話を聞いて、私は深く納得する。
「……つまり、後から検証したんですね」
私の言葉に、月子先生は硬い表情で「そう……死滅事件の検証の過程でね」と頷いた。
そこで一拍あけてから、月子先生は更に「だから、当事者から裏をとれていないし、残された資料も真実だけが記録されていると断言も出来ない」と続ける。
「つまり、確証がないことばかりだから禁忌としたんだ……解明すべきという意見や限界を見極めて『神様』を使いこなそうという意見をねじ伏せてね」
私は思わず「それは……なぜ?」と疑問をそのまま口にしていた。
月子先生は苦笑いを浮かべて「簡単さ。誰も死にたいなんて思っていないからだよ」と言い切る。
「後々の検証で、恐らく原因は『神様』になりかけていた人物に関連しているだろうということは推測出来た。だが、確証はない……つまり、確度は高いがそれが原因だとはわかっていない。ここは異世界に繋がる地だ。全く想定もしていなかった原因で、事が起きた可能性だってゼロじゃない」
勢いよく言葉を重ねていた月子先生はそこで長い息を吐き出し、いつの間にか、その姿に釣られたのか、床に視線を落としていた私も同じように長い息を吐き出していた。
私は自分の気持ちが、それで少し落ち着いたのを感じ、ゆっくりと顔を上げ視線を月子先生の戻す。
改めて目にした月子先生の顔には苦笑が浮かんでいた。
私と視線が合ったところで月子先生は「まあ、皆命が大事って事だね。それが自分のだったり、他人のだったり、動物のだったり、人に寄るだろうけど、概ね命が大事なんだよ」と言う。
その言い回しに、私は気付くと「命が大事じゃない人が研究を続けていると?」と少し嫌な聞き方をしていた。
月子先生は「いや、そういう人間だって命は大事だろう……ただ、二の次ってだけで」と真顔で言い切る。
「私も……いや、君もかな? 好奇心が止められなくて、何よりも知りたいという気持ちが優先になって他が目に入らなくなることがあるだろう?」
身に覚えがあることだけに、月子先生のその問いを否定することは出来なかった。
「その瞬間、別に自分や周囲の生き死には考えていないわけだが、結果的に二の次になっている」
重ねられた言葉の数々を前にして、流石に否定しきれないなと諦めた私は「そうですね」と頷く。
月子先生はそんな私の答えに軽く頷きを繰り返しながら「まあ、私達の暴走は瞬間的なものだが、ずっと暴走状態の人間もいる……ある意味、狂っているのだろう」と、言葉に反して軽い口調で言い放った。
雰囲気を暗くしないためか、話を深刻にさせないためか、月子先生は淡々と言葉を繋げていく。
「力を欲するのか、叶えたい願いがあるのか、縋りたい、手に入れたいという一つの思いだけで『神様』に執着する……仕組みとしては単純だが、それ故に諦められない者がいるし、秘密裏に研究している者もいる。この緋馬織が隔絶されているのは、そんな者達から『神格姿』を遠ざける意味もあるんだ」
私が「その人たちが、私の能力を欲しているかもしれないんですね」と口にして、それが正しいか確認するために月子先生に視線を向けた。




