拾伍之拾参 仕切り直し
「そうだった。君は変なところで大物だった」
両手を挙げて言う月子先生の態度は、どうやら降参を示すものだったようだ。
それから、手を下げた月子先生は「まあ、君にそんなに信頼されているなんて、正直、もの凄く嬉しいよ……まあ、かなり気恥ずかしいけどね」と苦笑する。
私はその普段は温和な雰囲気を纏った苦笑いに、思わず「なっ」と声を漏らしてしまった。
「おや、この返しは想定外だったかな?」
月子先生は私の反応を見て、おかしそうに尋ねてくる。
私は瞬時に強がっても仕方が無いと思い、素直に「はい」と認めた。
「ふむ。今の君にはその素直な振る舞いがよく似合っている……が、これって私のイメージの影響じゃないよね?」
そう問われて一瞬でカッとなってしまった私は、とぼけた表情でそんなことを言う月子先生の左の頬に、力の入ってない右ストレートを放つ。
「暴力はよくないよ」
頬を押されたままそんなことを言う月子先生に向かって、私は微笑みを向けながら「ご覧の通り私の右手首にあるブレスレットは破損しておりませんし、能力を封じる効果を発揮していますから、月子先生の影響なんて一ミリたりとも受けておりません!」と断言した。
すると、月子先生は急に私の拳から顔を離しくるりと背を向けてしまう。
「どうしました?」
力を込めてはいないつもりだけど、何かヨキせぬ能力でも発動してしまったのだろうかと不安になった私に、背を向けた月子先生は予想外の理由を打ち明けてきた。
「なんだか、嬉しくてみっともない表情を浮かべている自身があるので、少し私に時間を紅だろうか」
それを耳にした直後は、何を言っているのかまるで理解出来なかった私も、時間の経過と共にとんでもないことを言われたことに気付く。
「ひぇ、へんにゃこと、いわないでくださいっ!」
何かが感染してしまったらしい私も体が熱くなるのを感じて、慌てて飛び退くように、物理的に月子先生との距離を取った。
妙な空気を少しの間共有することになった私と月子先生は、お互いのために、何もなかったことにして、先に話を進めることにした。
臭いものに蓋をしただけな気もするけども、掘り返したり混ぜ返しても、お互いダメージを負う可能性があったので、協議の結果、お互いに触れずに忘れることに決める。
いっそのこと、記憶を消してくださいと提案したのだけど『こんな馬鹿なことに能力を使って、脳にダメージや後遺症が残ったらどうするんだ!』としこたま怒られた。
この時点で、真の姿の記憶を私から消した時に、もの凄く悩み考え実行したんだろうなというのが窺い知れて、非情になりきれない月子先生が『情がわからない』なんて絶対あり得ないなと確信する。
もっとも、その後で『私だけが覚えているのは理不尽だし不公平だ』と言い放ったものの、照れ隠しにしか見えなくて、微笑ましい気持ちになってしまった。
そんなわけで、ついニヤついてしまった私と何故か同じタイミングで同じような表情を浮かべた月子先生と視線を交わすことになった結果、お互いの心の安息を保つため『何もなかった』ということにして、握手を交わしたのである。
というわけで、話は元の『神様』の前例に戻った。
「つまり、記録にあった『神様』の候補となった人物と、君との共通点は『球魂』を切り離す経験をせずに『神格姿』を手にしたという点が大きいと考えている」
月子先生の話に頷きつつ「条件というか、下地が一致している部分がそこってことですよね?」と聞いてみた。
「……そうなる」
軽く頷いた月子先生だったが、そこで動きを止めてしまう。
明らかに何かがあると感じられる間に、思わず身構えてしまった。
月子先生はそれを私の準備が整った証拠と判断したのであろう。
ゆっくりと話を再開させた。
「ここからする話は、私が焦っていた原因だと思って欲しい」
月子先生の表情と、ワントーン下がった声の高さに、私は「……わかりました」とゆっくりと頷く。
対して、月子先生は目を閉じて息を吐き出した。
そこから、ほんの少しだけ間を開けてから、月子先生は「記録によると……」と切り出す。
私は月子先生の話を邪魔しないように、ギュッと結んだ唇に力を込めた。
「君と『神様』の候補となった人物との共通点、その中で私が一番危険を感じたのが、その受容性だ」
私が「……受容性」と繰り返すと、月子先生は「初めはそれまで、つまり『神格姿』を得る前と変わらないと周りも本人も認識していた」と言いつつこちらをジッと見た。
その目は『現状とそう変わらないのではないか』と言っているように見える。
なので、私は同意する意思を込めて深く頷いた。
私の気持ちを察してくれたのであろう月子先生は話を再開する。
「そして、本人の認識と周りの認識にズレが起こり始めた」
再びこちらを見てくる月子先生に、改めて頷きつつ「同じですね」と短く同意を示した。
「問題はこの先だよ」
「……はい」
私が頷いたタイミングで、月子先生は「それが再び重なり始めたんだ」と言う。
「それって……」
月子先生は、そこで続きを口にすることが出来なくなってしまった私に頷いた。
「恐らく君の考えたとおり……候補者の意識が周りのイメージに重なるように変わっていったんだ」




