拾伍之玖 次へ
お腹に力を込める必要はないのだけど、気合を入れた方が成功しそうな感覚があるので、とにかくそれに従うことにした。
そもそも翼はあの墜落した一件以降、検証のために数回出現させてはいるものの、苦手になってしまっている。
翼そのものを出現させるという行為が、雪子学校長を昏睡状態に陥れてしまったことや、黒いモヤ『穢れ』に対する恐れを思い出させるせいか、苦手意識……忌避感みたいなものが私の中に生まれていた。
そういった思いも影響しているのかもしれないが、私がいくら念じても『翼』は現れない。
心のどこかでホッとしている自分を感じて、私は慌てて「次は狐に変身してみます」と宣言した。
ブレスレットの効力でなく、私の苦手意識のせいで、翼の出現が発現しなかった可能性を考えたのである。
翼の出現の件から、狐への方向転換までの一連の私の動きを、月子先生がどう捉えたのかはわからなかったが「わかった」とだけ口にしたその目からは、優しさが感じられて、少し照れくさかった。
翼の時と違って、イメージを変えたり、口で『変化』や『狐に変われ』と唱えたりと、何度か試してみたが、結果的に私の体に変化は起こらなかった。
「狐への変化……出来ません」
私の報告に、月子先生は頷くと手を伸ばしてくる。
どうしたんだろうと思っている間に、私の肩に手を置いた月子先生は「銀髪の幼女に変われ」と口にした。
その言葉で、私ではなく他の人の切っ掛けで変身する能力の確認だと気付く。
私は変化を阻止する実験の時とは逆に、月子先生の言葉を受け入れるよう念じるが、結局私の体に変化は起こらなかった。
この結果に、月子先生は次に行程を進めることにしたらしい。
「変化の方卯も上手く封印出来ていると判断して良いだろう」
月子先生の結論に、私は同意して「はい」と口にして頷いた。
「残る能力についても一応確認してみよう」
「はい」
頷きで応えた後、私は月子先生の方針に従って、狐火や狐雨など能力の確認を行う。
どちらも能力が発動することなく、私たちの実験は一端終わることになった。
「二人で出来る確認はここまでだね」
「わかりました」
月子先生に頷いた後で、私は新たに手に巻くことになった封印のブレスレットを見た。
「封印の力は間違いなく働いている。これからはその効果範囲についても調べたいところだな」
「効果範囲ですか?」
聞き返した私に頷いた月子先生は頷きながら「例えば、変身だね」と言う。
いまいちイメージが浮かんでない私は「……変身」と繰り返した。
私の考えが追いついていないのを見抜いたであろう月子先生は、口元に笑みを浮かべる。
その一連の反応で恥ずかしいと思ってしまった私に対して、月子先生は追い打ちを掛けることなく、代わりに説明をしてくれた。
「今回の切っ掛けになった一件、つまり、君の能力で出現させたサイズ変化を備えた制服、それを使っての生身での変身のことだよ」
私はいまいち理解出来ていなかったが、ただ、対象が生身での変身ということまでは理解出来たので「はい」と短く口にして頷く。
月子先生は返事をした私をジッと見てから、またも微かに口元に笑みを浮かべた。
それだけで手に取るように私の考えを見抜いているんだなというのがわかってしまって、なんだかもの凄く恥ずかしい。
ただ、今の月子先生はそこを弄るつもりはないらしく、簡単に説明に戻ってしまった。
「私の想定としては、まず、制服のサイズ変化が起きるかどうかが確認出来る。次に、君が来た場合に魔女の衣装に変身出来るか、最後にその際に君の髪の色が義胃に変わるかどうか、少なくとも三つ、確認出来るはずだ」
真面目な顔で説明をしてくれる月子先生に、出所のわからない物足りなさを感じつつも、内容はとても納得出来る内容だったので、少しぎこちなくなりながらも「なるほど」と頷く。
すると、月子先生は「おや、揶揄って貰えなかったのが、不満かな?」と変わらぬ表情で踏み込んできた。
思わず「は?」と声が出る。
その後で、月子先生の言葉を理解した脳が、全身から熱を吹き出させた。
「ち、ちがっ!」
気付けば首を左右に思いっきり降っていた私の口からはそれ以上の言葉が出てこない。
一方、私をからかった月子先生は大声で笑い出した。
あまりにもおかしそうに笑うので、私の羞恥心の多くが怒りへと変換されていく。
私からそれが吹き出る前に、月子先生は「申し訳ない」と笑いながら口にした。
その程度のことで止まれる程、私の怒りと羞恥の熱は小さくない。
と、思っていたというのに、月子先生は「よかったよ、君の考えが読めるようになって、正直安心した」と口にして、心から安堵したとわかるホッとした表情を見せた。
正直、その表情だって月子先生の計算だと私の中で訴えるものがある。
それでも私のことを心配してくれているのは間違いないと思ってしまった。
そのせいで、直前の煮えたぎっていたはずの熱は霧散してしまっている。
ぶつける熱を無くしてしまった私は「ズルイです、月子先生」と文句を言うことしか出来なかった。




