参之拾壱 髪とイメージ
「最高に可愛いです!!」
花子さんがそう宣言したとおり、鏡台の鏡に映る私は、どうやったらこんなことになるのかという程複雑な編み込みを施されていた。
まず三つ編みらしきものが作られているのだが、コレが頭を一周している。
更に頭頂部には、髪の毛で作られた三角が二個くっついてリボンを象っていて、確かに見る分には可愛いとしか言い様はなかった。
私は出来栄えにちょっとだけ嬉しいなと思いつつも、言わなければいけないことを口にする。
「花子さん、確かに可愛いと思います……けど、これ、自分では出来ないんですけど!」
「じゃあ、明日からもして上げますね!」
間を置くこと無く、花子さんは弾んだ声でにこやかにそう言い放った。
もうこの時点で、私は話が通じないだろうと諦めの気持ちになりつつ、それでも通じる可能性に懸けて言葉を重ねる。
「この髪型は確かに可愛いかも知れませんが、授業を受けるのにはふさわしくないんじゃ無いかと思います!」
私の渾身の訴えに対して、意外にも花子さんからは何も返事が無かった。
いや、返事が無いと言うよりは固まってしまったように見える。
私が座っているのは座部が回転するスツールだったので、座ったままで花子さんの方へと向き直った。
「花子さん?」
見上げる格好で声を掛けると、花子さんはピクッと肩をふるわせた後で、大袈裟にその場に崩れ落ちる。
「花子さん!?」
驚きで声が少し高くなったが、その後耳にした花子さんの言葉に思わず目が遠くなった。
「盲点でした……授業に向かない……確かに……」
手早く髪を結ぶことができないという所から出発したのに、何故そこが盲点になってしまうのかと、突っ込みたい気持ちはあったものの、ここに触れると面倒くさくなるという自分自身の中から沸き起こる警告に従って、私はスルーすることに決める。
その上で、改めて花子さんに「学校用でお願いします」と改めてお願いした。
すると、花子さんはむっくりと起き上がり、とても悔しそうな顔を私に向けてくる。
「仕方ありませんね」
「お、お願いします」
花子さんの圧に押されつつも、私はどうにか頭を下げてお願いした。
対して花子さんは私の両手を自らの手で包み込んで胸の上まで持ち上げると「お願いです!」と口にしてくる。
「な、なんでしょうか?」
「写真撮らせてください!」
驚きと戸惑いで私の口から飛び出したのは「は?」という一音だけだった。
「良いですか、私が凛花さんを写真に収めたいという個人的な気持ちが大きくはありますが、今後の参考資料にする為に髪型の記録をしたいという気持ち、そして何より動画では問題ありませんでしたが、写真でもちゃんと普通に人間の姿で映るかの検証の為にですね。こうして撮影させていただいているんです」
もの凄い早口で言うせいで、花子さんの言葉は言い訳にしか聞こえなかった。
それでも私に興味と好意は持ってくれているのだろうと思えるので、それほど悪い気はしない。
というか、嬉しそうに撮影している花子さんの姿を見ていると嬉しいし、できる限り協力したいと思っている自分がいることに気が付いた。
今までは理解出来なかったけど、モデルに憧れるこの気持ちが少しわかった気がする。
ちなみに、撮影にはデジタル式のカメラだけで無くフィルム式のカメラやすぐに写真が出力されるタイプのカメラと、私の変化が撮影媒体によって、有効なのか無効なのかを調べる実験を兼ねていた。
動画の方は、昨日、お風呂で撮影したものの、一応ビデオカメラでの録画もしている。
こちらも後で検証して、変化にほころびが無いか検証することになっていた。
全ては検証の為、そう思うと撮影会自体を段々楽しめるようになっていく。
それが、良くなかった。
「君たちは、一体何を考えているんだね!」
「「ごめんなさい」」
撮影に夢中になる余り時間を忘れていた私たちは、雪子学校長に雷を落とされることとなった。
「花子! まず、その髪型をなんとかしたまえ、華美過ぎる!」
雪子学校長は私の頭を指さして、花子さんにそう指示を出す。
「はい、お姉ちゃん!」
花子さんは間を置くこと無く返事をして、私を無言でスツールに座らせた。
そのまま、鏡を正面にするように体を回転され、次の瞬間には髪で作られたリボンが姿を消す。
瞬きするまもなく、頭に沿ってぐるっと巻かれていた三つ編みが解かれた。
「じゃあ、手早く結いますから、痛かったら行ってくださいね」
既にブラシを片手にした花子さんは鏡越しに私にそう告げると、すぐに私の髪を手に取る。
「本当に綺麗な髪ですね、急いでいるのに、まるで抵抗がありません」
ブラシで髪を整えながら花子さんはそう言ってため息を漏らした。
これまでちゃんとしたヘアケアなんてしたことがないので、多分だが、髪質は良くはなかったと思う。
それなのに花子さんが絶賛する程に髪の質は良いみたいだ。
私のイメージ一つで髪の質まで変わるのかと思うと、確かにケアに手間を掛けているか人からすると、羨ましく思われるのも自然かも知れない。
今は全然そのありがたみを理解出来ていないが、このまま凛花として過ごしていると、実感することになりそうだなと思いつつ、髪を整えてくれる花子さんに身を任せた。




