拾肆之参拾漆 字幕
「極端な話だが……例えば君が東雲君に恋をしているとする……それならば『君はこういう行動を示すだろう』と、誰かが考えた時に、他者のイメージに対して受け入れる体勢の出来てしまっている君は、それを無意識に受信して、仕草に反映してしまっている可能性があると、私は考えている」
「それが、別の考えなんですね?」
私の問い掛けに、月子先生は小さく頷いた。
その上で「もちろん、君自身が単純に彼に惚れているという可能性もあるが……ここしばらくの行動や反応と、以前の君の行動や反応との違いを考えると、受容したイメージの影響が大きく現れている可能性を強く感じるね」と言い加える。
月子先生の話を聞いているうちに、私はそうなのかもと思い始めていた。
振り返ってみれば、この学校に来てからこっち、何度となく押し切られた記憶がある。
特に舞花ちゃんや志緒ちゃんといった面々の希望は断れなかった。
それなりに拒否してた花ちゃんとのやりとりでさえ、押し切られたことは少なくない。
月子先生の言うようなイメージの受け入れのせいだと考えると、あまり拒否する気持ちが働かなかったのも当然だと思えた。
自分の変化に戸惑い……いや、少し怖さも覚えていただけに、月子先生の別の考えはとても気持ちを穏やかにしてくれたありがたい考えだと思う。
「さて……君が多少落ち着いたところで、本題に入りたいと思う」
急に、月子先生が声のトーンを落とした。
それだけで、これから始まる話が、なるべく他の人に聞かれたくない……あるいは聞かせたくない話だとわかってしまう。
「内密の話という事ですね?」
私がそう尋ねると、月子先生は「君は以前から察しが良い方だったが、それは君自身の資質なのか、能力の開花が影響しているのか、実に気になるところだね」と切り返してきた。
能力の開花の影響なら『問題がある』と月子先生が言いたいのだとなんとなくわかる。
これが自分の能力なのか、それとも月子先生との経験に成り立つ推測なのか、私自身わからなくなっていた。
だから、私はつい考えてしまった……『能力が発動しているかどうか、わかれば良いのに』……と、考えてしまったのである。
瞬間、私の視界にテレビや動画のような字幕が流れ出した。
『月子先生の問題意識を確認しました』
急に視界の中に流れ出した文字列にパニックを起こしそうになった。
反射的に『冷静になれ!』と自分自身に念じる。
直後新たな字幕が現れた。
『自らの願望を確認しました』
同時に、頭がスッと冷えていく。
その事実がもの凄く気持ち悪くて、体が震えた。
自分が機械にでもなってしまったかのような感覚が、自分に対する嫌悪感へと変わって、拒絶が更に体を震わせる。
だが、それも私が『落ち着け』と思うだけで収まり、同時に『自らの願望を確認しました』という字幕が視界を流れた。
「ああっあああっ」
怖い……怖くてたまらない。
自分が自分じゃ無くなる感覚が、自分が人間で無くなってしまう感覚が、イメージがドンドン明確になっていく気がして、怖くて仕方なかった。
なのに、意識が止まることは無く、視界を『自らの願望を確認しました』という文字列が埋め尽くしていく。
「しっかりしろ、林田京一!!!」
悲鳴のような強烈な声で、私……僕は我に返った。
直後まるで呪いのように視界を埋めていた字幕は消え去り、パッと明るくなった視界の先には、見慣れた月子教授の真剣な顔が見える。
「……教授」
僕が声を発した事で、月子教授はほんの少し安堵の色を滲ませた。
ただ、その表情は変わらず険しさを保っている。
「良いか、まずは落ち着くんだ。深呼吸だ。大丈夫、私が触れている間は君の能力が発現することは無い」
耳元で囁かれた月子教授の言葉は穏やかで優しく、声を掛けてくれている間、ずっと僕の体に回されていた腕はとても力強かった。
「君、使い慣れていないものをホイホイ使うんじゃ無いよ」
呆れた表情で私を見下ろしながら、月子先生は盛大に溜め息を吐き出した。
理由は、字幕に圧倒されてパニック状態に陥ったことを告白して、その原因を探った結果なので、返す言葉も無い。
自分でもいつ入れたか記憶が朧な『コンタクトレンズ』が視界に文字が現れた原因だった。
うっかり外し忘れていたことを告げた時の寒々しい月子先生の目は、私の体が凍り付くんじゃ無いかと思った程冷え切っていて、思い返すだけで震え出してしまいそうな代物だったのである。
そうして、しばらくの間、呆れた顔で私を見続けていた月子先生は、改めて盛大な溜め息を吐き出した。
私は素直に申し訳ない気持ちで「すみませんでした」と頭を下げる。
月子先生は「まあ、君は人一番好奇心のある人間だからね。仕方が無い」と笑った。
その後で、月子先生は真面目な表情を浮かべ「君を不安にさせて、追い詰めてしまった。本当は君に不安や辛さを味合わせること無く導桁らよかったのだけど、力量不足で申し訳ない」と頭を下げる。
想像もしてなかった言葉と態度に、私は体の底から「へっ!?」という驚きの声が飛び出した。




