拾肆之参拾陸 仮説
東雲先輩への思いを受け止めるしか無いのだろうかと考えていた私を揺さぶるような言葉が、月子先生から放たれた。
「さて、普通なら君が少女になったのだから、東雲君に好意を抱いて、それが他人から見たら、恋しているように見える……と、まあ、それで結論で良いんだが、私には少し別の考えがある」
「別の考え?」
自分でわかる程、震えて上擦った私の声は、明らかな動揺を含んでいる。
月子先生は和そんな私の聞き返しに大きく頷くと「君、その姿になってから、人の意見を受け入れる傾向が強くなっている自覚はあるかな?」と尋ねてきた。
「え?」
質問の内容はわかるものの、全く心当たりがないことを聞かれたせいで、まともな答えを返せない。
「大学時代の君は今よりもっと反抗的で、今の君はとても従順だ」
ズバリと言い方を変えてきた月子先生だけど、その言葉選びに私は「そんなことは……ないとおもうんですけど……」とつい反論してしまった。
月子先生は軽く笑いながら「以前の君なら、そうだな……」と少し考える素振りを見せる。
「『僕が反抗的だったとしたら、教授が無茶を言うからですから!』くらいは言っていたね」
突きつけられた指摘は、私には否定することが出来なかった。
確かに、僕なら言いそうだと思ってしまっている。
そして、今は私だからそんなことは無いという弱めの否定になってしまっているのだと、納得出来てしまった。
そんな自分の変化に、不安のようなものを感じて、小さく体が震える。
知らないうちに、今の体に思考が引っ張られているという事実が、怖くて仕方なかった。
だけど、そんな状況に月子先生は「あー、可能性としては、君の嗜好の変化は、単純に体の構造が変わっただけでは無いと思う……それが、私の言う『別の考え』だ」と、状況を変えてしまいそうな気配を含んだ言葉を放り込んでくる。
が、月子先生はそこで口を閉ざしてしまったので、私たちの間には沈黙が訪れた。
月子先生が話し出すのを待っていたのだけど、それは向こうも同じらしく、結果的に探りあいのような状態で沈黙が続くことになった。
先に耐えられなくなってしまった私は、素直にお願いすることに決める。
「あの……教えて貰っても良いですか、その『別の考え』を……」
様子を覗いつつ尋ねた結果、上目遣いになってしまった私をジッと見詰めたまま、月子先生は動かなかった。
こちらから切り出したのに、反応しない月子先生に、どうしたのだろうという気持ちで、もう一度声を掛けてみる。
「あの、月子先生?」
二度目の声掛けに、月子先生は「君は自分の意思で行動しているだろう?」と、妙な質問を返してきた。
私は軽く戸惑いを覚えながらも「それは……はい」と肯定する。
月子先生は「行動を起こす時、君は自分の仕草を考えているかい?」と聞いてきた。
「仕草……ですか?」
「お願いをする時に、今のように上目遣いでしてみるとか、悲しげな表情を浮かべるとか」
私は、その月子先生の問い掛けに「へっ」と間の抜けた声を漏らす。
何故そんなことを聞くのかと考えれば、答えは明白だ。
多分、私が『そういう行動をしていたから』に違いない。
「……そういう仕草をしていたということですね?」
私の聞き返しに、月子先生は直接肯定も否定もしなかった。
代わりに「そうした方が、自分の望みが叶うというイメージはあるかい?」と聞かれ、慌てて私は左右に首を振って否定する。
が、月子先生の聞きたいことは、そうでは無かった。
「一般的にという話だ。君が行動に反映しているかどうかでは無い」
「え?」
「一般論として、今の君具以来の年頃の女の子が上目遣いや泣きそうな顔をしてお願い事をしたら、通常より受け入れられやすいというイメージはあるかい?」
改めて言い直されたことで、私は不思議と落ち着きを取り戻す。
自分のことで考えるのと、一般論として考えるのでは、気持ちに掛かる負荷が大きく違うらしかった。
妙な冷静さで、私は思考を巡らせ、月子先生の問いに「あると思います」と確信を持って答える。
実際、泣き落としでは無いけど、通常よりも上目遣いでのお願いや泣き顔でのお願いの方が効果は大きい筈だ。
私の答えを聞いて、月子先生は考えるような表情を浮かべると、一度目を閉じる。
「君はこれまで、他者のイメージを元に具現化や能力の使用を行ってきている」
月子先生の発言がどの方向に向かっていくのかはわからないが、少なくとも聞いていることを示すために、私は「はい」と返した。
「それが能力だけで無く、君の行動や感情に影響を与えるとは思わないかい?」
そう問われて、私は即座に答えを返すことが出来ない。
意味がわからないのでは無く、意味がわかってしまったからこそ、どう返したら良いのかわからなかった。
月子先生は私が反応しなかったことで、更に説明の言葉を口にする。
「要するに、君は……君の行動や感情は、周囲のものや君自身が描くイメージを受け入れて、それを反映している可能性だ」
私は突き古銭生の考えに対して、震える声で「それは……」と反応するので精一杯だった。




