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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第拾肆章 天姿無縫
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拾肆之参拾伍 感情

「こ……ここは……?」

 私が目を開けると、そこは保健室だった。

「おや、気が付いたみたいだね?」

 賭けて貰った声の主を確認するために視線を向けると、そこには月子先生が座っている。

「月子先生?」

 私が名前を呼ぶと、月子先生は軽く頷いてから「状況はどの程度把握しているかな?」と尋ねてきた。

 月子先生の問いに答えるために、私は即座に今日の出来事を振り返る。

「えっと、家庭科の授業をしていて……」

 授業内容、その途中で、志緒ちゃんの発案で着替えることになり、準備室で……と順調に辿ったところで、唐突に思い出した。

 直後、全身にカッと熱が走り、体中から火が吹き出るんじゃ無いかと思うぐらいの熱が溢れ出す。

「あ……え……」

 説明が途中だったこともあって、私は必死に言葉を発しなければと思うのに、上手く言葉が出てこず、ただ音が漏れるだけになってしまった。


「なかなかに重症だね」

 月子先生にそう言われてしまった私は、体に掛けられていた毛布を引き寄せて顔に当てることしか出来なかった。

 私が返事をしないままで、月子先生も何も言わない。

 そのまま少し時間を挟んだところで、月子先生は「とりあえず、志緒さんがもの凄く心配していたし、申し訳なさそうにしていたよ」と囁くような小さな声で教えてくれた。

 私はその言葉を切っ掛けにどうにか顔を上げる。

 顔の火照りのせいか、視界がぼやっとして感じるが、視線を向けた月子先生は笑みの類いは一切浮かんでいなかった。

「君は、志緒さんに指摘されたことで、自分が東雲君に『恋心』を抱いていると思っているだろう?」

「え?」

 月子先生の口ぶりに、私はそうじゃないのかもしれない可能性を感じてしまう。

 と、同時に、心の中にそうであって欲しいという思いが浮かんでいるのを感じ取った。

 正直、東雲先輩を嫌いなわけじゃないし、元の……林田京一の自分がなかったら、志緒ちゃんの言う『恋』という状態を受け入れてたことかもしらない。

 だけど、現実はそうじゃないのだ。

 少なくとも私の中では、それはあってはいけないことで、だからこそ、月子先生の話の切り出し肩に光明をホッしてしまっている。

 そんなどうしようもない自分を感じながら、私は月子先生の言葉の続きを待った。


 だが、いくら待っても、月子先生からは私が求める言葉はおろか、続きの言葉さえ放たれなかった。

 その事に耐えきれなくなった私は「ち、が、うん……ですか?」と辿々しい音の羅列で問い掛けてしまう。

 対して月子先生は「好意というものはいろんな形がある」と私から視線を外しながら口にした。

「心に由来するものは特に、観測が出来るものじゃないし、自身の把握ですらあやふやな部分がある……友人に向ける感情が友情なのか、愛情なのか、それとも実は執着や妬心なのか……分類することだって難しいものだ」

 ゆっくりとした口調で月子先生は言葉を積み重ねていく。

 私はその結論がどこに辿り着くのか、なんとなく感じながらも、ただ黙って聞き続けた。

「ゆえに、人が自らの心情を分類する時は、自分自身で納得出来るものを選ぶしか無いわけだが……この時に、相手との関係性や状況などで、大きく分類先が変わってしまうことだってあり得る。無責任な言い方には鳴るが、その気持ちをどう決着させ分類するかは君自身に委ねられているわけだ」

 ゆっくりとした動きで月子先生がこちらに視線を戻す。

 その目が私の反応を待っているのを察して、ここまでは理解した……受け入れたことを伝えるために小さく頷いた。

「志緒さんの『恋』という指摘は、彼女の視線で状況を判断した結果に過ぎない。あくまで客観視だ。そして、それを受け入れたくないという思いと、確かにそうだと肯定する気持ち……そのどちらもが強く君の中に芽生えてしまったことが、君が意識を手放した原因だ」

 ここで保健室に運ばれる直接の原因を指摘された私は、頭の中に微かに残る志緒ちゃんの心配そうに何度も掛けてくれた声が蘇る。

「……志緒ちゃんに、心配を掛けてしまった」

 何よりも自分が気持ちをコントロール出来なかったことで迷惑を掛けてしまったこと、心配させてしまったこと、何よりもそのせいで優しい志緒ちゃんに責任を感じさせてしまったことが申し訳なくて、私は自分を消し去りたくなってきた。

 そんな私のおでこに、パシッと乾いた音と共に強烈な痛みが走る。

「痛っ」

 私が声を上げ原因を探るように視線を向けると、そこには月子先生の指があった。

「君は勘違いしているぞ……君がもしも消えてしまったら、それこそ志緒さんの傷は深くなるし、何でもかんでも自己完結して終わらせようとするのは、君の悪い癖だ」

 はっきりと断言されてしまった私は「うっ」と声を詰まらせることしか出来ない。

 そんな私に対して、月子先生は溜め息を吐き出した後で苦笑いを見せた。

「まず、君自身の体は生物学的に二次成長を目前に控えた少女のものになっている。それは骨や内臓の構成だけじゃ無い。脳もだよ」

 月子先生はそう言った後、人差し指で私の頭を突く。

「つまり、君が異性である東雲君に好意を抱いてもおかしいことでは無い」

 私はその言葉に何も反応することが出来なかった。

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