拾肆之参拾壱 報告
「皆、少し聞いて欲しいんだが」
全員が朝の食卓に着いたのを確認した雪子学校長が、そう切り出した。
皆の注目が雪子学校長に向いたところで「卯木くん」と私の名前が呼ばれる。
「は、はい」
名前を呼ばれるとは思っていなかったので、慌てて立ち上がると、今度は皆の視線が私に向かって集まってきた。
そのタイミングで雪子学校長が「皆も知っての通り、卯木くんは、他の誰かのイメージを切っ掛けにして『変化』出来るようになった」と話し出す。
「だが『変化』には大きな負担が掛かる……それがどの程度のものかは未だ調べている途中なので、しばらくは卯木くんを『変化』させてしまうことがないように協力して欲しい」
そう言って雪子学校長は深く頭を下げた。
予想外の行動に出遅れたものの、私のことなので、同じように頭を下げた方が良いと考えたところで、先に志緒ちゃんが立ち上がって頭を下げる。
「ごめんね、リンちゃん!! 思いつきで、リンちゃんの負担を考えてなかったよ!」
耳にしただけで胸がキュッと締め付けられそうな震える志緒ちゃんの声に、私は慌てて「大丈夫だよ!」と声を掛けた。
でも、それだけでは志緒ちゃんの気持ちは上向きにならず「でも……」と口籠もる。
「調べて貰っているけど、その……私の体に確実に影響があったわけじゃ無くて、影響が出る可能性があるかもしれないってだけで、まったくぜんぜん、ちっとも悪影響が無い可能性だってあるから、気にしないで!」
必死に言葉を重ねるけど、多少表情が和らいだ程度で、志緒ちゃんの申し訳なさそうな様子は解消されなかった。
志緒ちゃんの手強さに心が折れそうになるものの、いつもの自分の好奇心に全力な姿を取り戻して欲しくて、私は言葉を重ねる。
「志緒ちゃんは、今まで通りじゃ無いと困る! 志緒ちゃんが考えて試してくれたから、いろんな事が出来るってわかったんだから! それに、本当に私の体に悪いとかだったら、ちゃんと言うから、私を信じて欲しい!」
言葉をな重ねる程に、思いが乗って私の言葉に熱が籠もっていった。
そのお陰か、志緒ちゃんの表情はかなり柔らかくなって、言い終えたところで「ありがとう」と言って貰えて、私は安堵する。
「志緒ちゃんには助けられているんです。結果が出たら股お願いします」
「うん」
私のお願いに対して、志緒ちゃんは笑顔で頷いてくれた・
「ねえ、雪ちゃん先生」
志緒ちゃんが落ち着いたと思ったところで、結花ちゃんが硬い表情で雪子学校長に声を掛けた。
「リンちゃんは、やっぱり、今の姿じゃ無いと……その、良くないの?」
チラチラと舞花ちゃんの様子を確認しながら結花ちゃんは問いを重ねる。
結花ちゃん達双子……特に、舞花ちゃんは自分より年下の子が現れたことで、もの凄く楽しそうだったし、お世話をしようと意気込んでいたのもあって、表情がかなり暗くなってしまっていた。
昨日の雪子学校長の問い掛けに対して、幼い姿に戻して貰うことをはっきりと拒否しているので、もの凄い罪悪感がある。
つまり、私の意思を通して貰っている状態なので、質問を受けた雪子学校長から、無言のまま、双子にどう答えるかの意思を問うような視線を向けられた。
「えっと……」
切り出したのは良いものの、舞花ちゃんと結花ちゃんの目がほぼ同時にこちらに向いたことで、言葉に詰まってしまう。
とはいえ、この姿は私の意思であるのでちゃんと説明しなければという思いだけで口を開いた。
「その……普段は……その、授業があるでしょう? それでね……」
だけど、気持ちとは裏腹に、探り探りのせいで言葉がぶつ切りになってしまっている。
それでも舞花ちゃんも結花ちゃんも、ジッと私を見たまま言葉を挟まずに聞いてくれていた。
二人の姿勢から、私の思いや意見を真剣に受け止めてくれるつもりなのだと感じ、ちゃんと説明しなければという思いが強まる。
話を一旦止めた私は、一度目を閉じて気持ちを整え、考えをしっかりとまとめることにした。
「授業があるから、小さい体だとちゃんと受けられないと思うの。ノートをとるのも大変だし、体育だとちゃんと走れなかったりすると思うし……あと、学校の椅子や机は小さい体の私にとっては大きいもので、そこも危ないと思う。だから、小さな体には慣れない……だから、ごめんね」
私は徐々に申し訳ない気持ちになりながらも、小さな体に戻れない理由を伝えた。
体のサイズに合っていない器具を使うことの危険、成長の足りていない体での運動の危険、双子の気持ちを優先した結果、私が怪我をしてしまっては、それこそ心に傷を付けてしまうかもしれない。
消極的かもしれないけど、最初から危険を想定して、踏み込まないというのが大人な判断だ。
私は二人ならわかってくれるという思いで、反応を待つ。
結果、想定していない言葉が舞花ちゃんから返ってきた。
「それじゃあ、土日やお休みの日は良いよね?」
「え?」
私は目が点になる。
「授業がある日は、危ないから妹には慣れないけど、お休みの日なら大丈夫だよね?」
満面の笑みを浮かべる舞花ちゃんに、私は乾いた笑いを返すことしか出来なかった。




