拾肆之弐拾玖 思いの強さ
「え、今、試してたんですか!?」
月子先生だけだと思っていたのに、まさか雪子学校長まで実験に参加してくるとは思わなかったので、少し驚いてしまった。
「月子から不意打ちでというオーダーを受けていたんだが、イメージを浮かべて触れるだけは発動しないようだね」
自分の手を見ながら雪子学校長は繰り返し頷く。
「条件として、触るだけでは発動しないってことは確認出来ましたね」
月子先生の返しに、雪子学校長は「だが、私だから反応しないという可能性もあるのでは無いか?」と自身の見解を示した。
「私を『変化』させられる人には、何か共通点があるとかですか?」
首を傾げながら尋ねた私に、顔を向けた月子先生は、真顔のままで「凛花さんを愛しているかどうかとかかな?」と言い出す。
突拍子も無い言葉だけに、流石に揶揄っているのだと瞬時に理解した私は、溜め息交じりに「愛しているかどうかをどうやって測っているっていうんですか?」と切り捨てた。
けど、月子先生は表情を保ったまま「例えば君に対する愛情の深さだが……」と言う。
私はその言葉に首を左右に振って「思いの深さを知る術が無い以上……」と言ったところで、雪子学校長が「可能性としてだが」と口を挟んできた。
思わず視線を向けた私に、柔らかく微笑みながら雪子学校長は「変化のイメージを送られることで、君は『変化』しているわけだが、そのイメージは要するに個々人の思考、考えていることだからね。イメージという枠組みに愛情が含まれているとすると、強い愛情を持つもののイメージが君に届きやすいというのは検証するにタルしてんでは無いかな?」と言う。
雪子学校長の言葉は、その場で却下できるようなものではなかった。
少なくとも、思いの強さとイメージの強さに似たものがあると思ってしまった私は、可能性があるんじゃ無いかと考えてしまっている。
そんな私に近づきながら、月子先生は「つ・ま・り」と不敵な笑みを浮かべて近づいてきた。
「私や志緒さんは君への愛情に満ち満ちているということだね」
耳に口を近づけて、そんなことを言い出した月子先生を押し退けながら抗議の声を上げる。
「にゃ、にゃにを言ってりゅんですか!」
噛んだ上に声が上擦ってしまっていた。
その事実が猛烈に恥ずかしくて体が火照る。
「何って、状況から推測される事実だが? 君は見誤っているようだが、私は君をとても好ましく思って……」
その先を言わせないように両手で月子先生の口を塞いだ。
「ふぁにふぉ、ふふんふぁふぇ?」
だが、月子先生は無理矢理セリフを続ける。
顎を押さえる形になっているので、言葉になっていないはずなのに、私には『何を言っているんだね?』という月子先生の発言がはっきりと理解出来てしまって、それもなんだか恥ずかしくて仕方なかった。
「くちふぉふぉさえふぁていふぉふぇふぁ。ふぁたひのふぉふぉふぁはさえふぃふぇふぁいふぉ?」
月子先生の言葉がわかってしまう。
はっきりと『口を押さえた程度では、私の言葉は遮れないよ』と言っているのが感じ取れてしまっているし、間違いないという出所のわからない確信まで湧いてきていた。
しかも、那美ちゃんかと思うタイミングで『それだけ君が私を理解してるということだし、私の愛情がもの凄く強いことの証明だね』とふぉがふぉがした発声で、月子先生は追い打ちしてくる。
「ちゅ、ちゅきこせんせいっ!」
燃えるように熱い体で、ふわふわした感覚のまま返したせいか、声が大分高音になってしまっていて、その事も恥ずかしさを上乗せしてきて、パニックになりそうだった。
「落ち着きたまえ」
肩に触れる手の感触と、耳に届いた雪子学校長の落ち着きのある声だけで、フッと気持ちが軽くなる。
「お、落ち着きました。ありがとうございます」
多少地に足が着いていないようなふわふわした気持ちのままで、私は少し間の抜けた感謝の言葉を雪子学校長に伝えた。
直前の自分の感覚との落差に、沈静させる能力でもあるのだろうかと思ってしまう程、あっさりと体のほてりも消えてしまっている。
これも、全部、雪子学校長のお陰だと思った私は改めてお礼を言おうと、後ろに立っている雪子学校長へと振り返った。
雪子学校長と視線が交わった瞬間、その口から「幼女の姿になりたまえ」と言葉が紡ぎ出される。
瞬間、視界が白い光に包まれ、光が消えた時には、明らかに視線の高さが下がっていた。
不意打ち過ぎて頭の回ってない私の肩から、ぶかぶかになってしまった体操服の上着がずれ落ちる。
体操服の首から顔を覗かせたかなり細くなってしまった自分の肩を見て、ようやく状況を理解した瞬間、ゴムのカバー範囲を越えて腰にとどまれなくなった体操服の短パンがパサッと音を立てて床に落ちた。
「ふむ……これで、私の愛情も十分に深いと証明出来たかな?」
雪子学校長は浮かべた笑みを深めて、とぼけた口調で言う。
私はブルブルと震えだした体から沸き起こってくる衝動に突き動かされて、気付いた時には「私をおもちゃにしないでください!」と大声を張り上げていた。




